忘れ物
ぶーぶー駄々をこねている三人の女児を、さらにカルパナが優しく諭していると、上の森の中から一人の娘が駆け降りてきた。
サンダル履きなのだが、かなり身軽な足取りで、サルワールカミーズ型の野良着姿だ。ストールはかけていないが。
背中には大きなリュックサックを背負っていて、荷物がギッシリ詰まっている。農業用の支柱や、トンネル栽培用の半円型の支柱が、リュックサックから何本も飛び出している。
その娘がゴパルを見つけて、頭巾を脱いだ。グルン族の娘のカルナだった。早くもジト目になっている。
「ここに居たのか、ゴパル先生。ちょっと探しましたよ、まったくもう」
そう言いながら、タタタっと足早にゴパルに駆け寄って、腰のポーチ袋から充電器を取り出す。それを、ゴパルの太った腹に押しつけた。慌てて、ゴパルが両手で充電器を受け取る。
「あ、ありがとう。ジヌーで会ったカルナさんですよね? わざわざ山を下りて来たのですか?」
目を白黒させているゴパルに、不敵な笑みを投げかけるカルナだ。森の中を通って来たのか、野良着に木の葉や草の実が付いている。
それを適当に払い落し、背中まで真っ直ぐに伸びている黒髪を、右手でパサっと払った。髪の先から、雫が飛び散る。
「そうよ。アンタ、アンナキャンプで忘れていったでしょ。セヌワのニッキ叔父さんに言われて、届けに来たって訳よ」
そういえば、そういう段取りになっていた。『忘れていたよ、申し訳ない』と顔に出しているゴパルだ。カルナがジト目のままで、ため息をつく。
「ま、上のルムレ農業試験場で、苗と種の買い付けをしたついでだったから、気にする必要は無いわよ。ルムレからパメまで、下り坂ですぐ着くし」
その割には、全く息が乱れていない。標高差は九百メートルほどもあるのだが。
そして、三人の女児達に気がついて、愛想よく笑って手を振った。
三人組は、先程までの威勢はどこへやら、すっかり警戒してスバシュやカルパナの後ろに避難し、猫のようにフーフーと唸っている。
その女児達の反応で、我に返ったゴパルが、カルナをカルパナ達に紹介した。
「彼女はカルナ・グルンさん。私がお世話になった、ジヌー温泉の民宿の娘さんです。充電器を忘れてしまいまして、ご厚意で届けてくださったのですよ」
次に、カルナにカルパナ達を紹介した。
「カルナさん、彼女はカルパナ・バッタライさんです。下のカルパナ種苗店の店長さんですよ。農業資材や種苗を販売しています」
カルナの突然の乱入で、目を点にしていたカルパナだ。しかしそれでも、ゴパルから紹介されて、カルナに合掌して挨拶をした。
「初めまして、カルパナです。わざわざジヌーから遠路はるばる大変でしたね」
ケシャブがカルナにもチヤを用意しようかと、ドタバタし始めたので、カルナが笑って断った。身長は百五十五センチほどで、年齢も十代後半なのだが、堂々とした態度だ。目尻が上がった細目の黒褐色の瞳が、穏やかな光を帯びている。
「私は、もうジヌーへ戻りますから、いりませんよ」
そして、一転して鋭い視線をゴパルに投げた。
「ゴパル先生。もう、こんな忘れ物はしないように。いいわね」
十代の娘に容赦なく叱られて、シュンとなっている助手のゴパルであった。
配達を終えたカルナが、リュックサックを背負い直し、周囲をキョロキョロと見回した。
「で、ここで何をしていたの?」




