二十四時間営業のピザ屋
ピザ屋にも、かなりの数の客が詰めかけていたのだが、まだ少しだけ空席が残っていた。相席だったのだが、先にゴパルが席を確保し、カルパナがバイクを道路向かいの駐輪場に停める。
ゴパルが先に席に座って、相席の米国人客に会釈し、給仕スタッフにもう一人来る事を伝える。
そして、周辺を見回した。ラフな服装の欧米人客と、ちょっとおしゃれな服装の中国人ばかりだ。日本人らしき客も混じっている。学生の姿はまだ見当たらなかった。今頃は授業中なのだろう。
有料会員席にも視線を向けると、見知った中年男達が雑談してコーヒーをすすっていた。ゴパルと目が合って、ニンマリと笑い、手を軽く振ってくる。アバヤ医師は来ていないようだ。
(ジョギングでもしているのかな)
ゴパルも軽く手を振って挨拶する。
「アバヤさんは、ジョギング中ですか? 雨が上がって良かったですね」
有料会員の男達が、コーヒーをすすりながら目元を緩めて笑っている。
「そんな殊勝な奴じゃないよ。今頃は、カンニャ大学前のカフェで、女学生を眺めながら、鼻の下を伸ばしている頃合いだな。ゴパル君も行ってみるかね?」
人物観察をしているようだ。ゴパルが両目を閉じて、手を軽く振り断った。
「これから、カルパナさんの花のハウスを見学する予定でして。アバヤさんに、よろしく伝えてください」
そこへ、カルパナがやってきた。軽いジト目になっている。
「後で、奥様に言いつけておきますよ。アバヤ先生は医者ですのに、仕事を息子夫婦に任せて、遊び回っているのですよ。困ったお方です」
もう一言二言文句を言いながら、カルパナが座った。しかし、すぐに穏やかな笑顔になって、相席のラフな姿の米国人三名にも軽く挨拶するカルパナだ。意外に流暢な英語をカルパナが話している。
ゴパルが注文したのは、トマトソースのパスタであった。カルパナはクリームソースのパスタとサラダだ。コーヒーも頼んで、ゴパルが軽く頭をかきながら、注文した理由を語った。
「首都の実家で、作ってみたのですが、上手にできませんでした。母から、散々に言われてしまいまして。もう一度、勉強し直さないといけませんね」
カルパナがクスクス小声で笑いながらも、ゴパルを励ます。
「そう言えば、トマトソースのパスタは、作り方をサビちゃんから教わっていませんでしたね。知らせておきましょう。スープとオムレツはどうでしたか?」
ゴパルの視線が泳いだ。口元がヘニャヘニャになっている。
「申し訳ありません……作ってはみたのですが、これも両親や兄に不評でした。トマトが少なかったのが原因かと思います。雨期なので、高いですね」
カルパナがスマホのチャットアプリに、その事も余さず記して送信した。なかなかに容赦が無い。
ゴパルが、カルパナのスマホを見て、何か思いついたようだ。少し考えて、その考えが適当かどうかを頭の中で確認してから口にした。こういう時は、しっかりしている。
「カルパナさん。クリシュナ社長のリテパニ酪農での汚水処理ですが、汚れの原因物質にはリン酸もあります。これは気体にならないので処理が難しいのですが、こういうのはどうでしょうか」
そう前置きして、ゴパルがカルパナに提案を始めた。
リン酸は窒素のようにガスにならないので、何かに吸着させて、汚水から分離させるのが良い。
実際に、様々な吸着材が市販されているのだが、ゴパルが勧めたのは安価な炭酸カルシウムだった。石灰の原料である。これを詰めた反応槽に、汚水を流してリン酸を吸着させる、という案だった。
さすがに専門的な話になっているので、半分程度は分からない様子のカルパナだ。しかし、レカ宛に動画を撮影し続けている。
ゴパルが色々と途中で考えながら、提案を続けた。
「吸着されると、リン酸カルシウムに変化します。リン酸石灰ですね。これは、肥料に使えますよ。まあ、見た目も成分も化学肥料ですけれどね。有機認証を受けている畑では使えません」
ここでカルパナが反応した。
「あ。リン酸石灰ですか。確かに化学肥料です。私の農場では使えませんが、普通の農家さんは喜ぶと思います。リン酸肥料って値段が高いですし、注文してもなかなか入手できないそうなのですよ」
一般的な農家が使用している化学肥料は、尿素肥料くらいのものだったりする。これは窒素肥料で、リン酸は含まれていない。
ゴパルもうなずいた。
「カブレやバクタプールの農家も、同じような事を言っています。石灰は安価で安定して入手できます。リン酸カルシウムの見た目を考えると、炭酸カルシウムを詰めた反応槽は、三段目と四段目の間が適切ですね」
ここでゴパルが少し腕組みをして考えた。
「反応槽を施工する上での問題点があるはずですね。試行錯誤を何度か繰り返して、最適な反応槽にしてみましょう」
カルパナが動画撮影を終えて、そのままレカ宛にファイルを送信した。
「今の汚水処理システムでは、アンモニアガスの発生がどうしても起きるのですよね。この工夫で、少しでも負担が軽くなってくれると、私も嬉しいです」
ゴパルも、もう一度この案を頭の中で検証して、うなずいた。
「そうですね。KL構成菌が増えて、汚水処理システムが切り替われば、悪臭問題もかなり軽減されると思います。ですが、それにも時間がかかりますね」
ここで、注文したトマトソースと、クリームソースのパスタ、それにサラダが到着した。給仕スタッフに礼を述べたカルパナが、穏やかな笑みを浮かべる。
「では、いただきましょうか」




