簡易ハウス
まず最初に、簡易ハウスの造りを確認するゴパルである。ヒラタケに限らず、キノコは連作障害が出やすい。そのため、このように簡易ハウスを設けて、段々畑を転々と移動していく。基本的に三年で一巡すれば、連作障害を回避できるという経験則がある。
今回のヒラタケと、オイスターマッシュルームは近縁種なので、栽培方法も同じで構わない。
簡易ハウスは、竹や木の棒等で作られている。その標準的な大きさは、高さ二メートル、幅四メートル、奥行き九メートルだ。このサイズで骨組みをし、透明の生分解性の農業用シートを張る。スバシュが肩をすくめて口元を緩め、ゴパルに話してくれた。
「政府の指導でね。おかげで、三ヶ月ごとに交換しないと、紫外線と雨でシートが分解されて、穴だらけのボロボロになってしまうんだよ。ま、農業資材店としては嬉しいけれどさ」
カルパナがスバシュの話を継いだ。ハウスのシートの上には、大量の刈り草が敷かれている。
「ハウスの内部には、直射日光が差し込まないようにする必要があります。それで草を敷いているのですよ。板やトタンでも良いのですが、農家への普及を考えると、重量物は使わない方が安全ですね」
ゴパルがハウス内部に入って、シートの天井を見上げた。草の隙間から日差しが差し込んでいる。先程まで雨が降っていたので、刈り草が水を吸っていて、どっしりと重そうだ。
「そうですね。工業的にキノコを栽培する場合でしたら、温度と湿度が管理されて、外部からの光は一切遮断した部屋を使いますね。その中で、発光ダイオードでキノコの生長に適した波長の光を照射します。ですが、こういった方法もあるのですね」
カルパナが真面目な表情でうなずいた。
「農家の収入を、少しでも豊かにする事が目的ですね。特にポカラ近郊では、たくさんの農家が廃業していまして、耕作放棄地が増えています。ポカラの街で仕事をした方が儲かりますから。ですが、そうなりますと、先祖代々の農地が荒れてしまいます」
ゴパルも耕作放棄地の増加問題は、ガンドルンやチョムロン等で実際に目にしている。農地が荒れるどころか、森に戻っている有様だった。
「ポカラでも起きているのですね……」
ゴパルの故郷である、カトマンズ盆地の外にあるカブレでは、反対に農地造成が盛んになっていると、兄のケダルが言っていたなあ、とも思い起こした。
「インドが好景気になってきましたから、出稼ぎに出る人が増えるのは仕方が無いのでしょう。しかし、それで土地が荒れてしまうのは、悲しいですね」
ゴパルが今度は、ハウス内の床を確かめる。地面に直接赤レンガを敷き詰めて、その上に生分解性の農業用シートを敷いていた。地面から少しでも床面を高くする事で、外部からの雨水の侵入や、湿気を防ぐためだ。カルパナが補足説明をする。
「赤レンガは、欠けていたり割れていたりした、安い物を使っています。ですが、運ぶのが重くて大変ですので、竹網でも代用できますよ。シートは、無くても別に構いません」
カルパナが、ハウスを組み上げている竹枠に手を添えた。
「その場合は、床の上にキノコの菌床を直接置く事は、避けた方が無難ですね。トカゲや虫等が菌床を食べにやって来るので」
スバシュも竹枠を指さした。
「この枠に、キノコの菌床を引っかけて吊るすんですよ。このサイズのハウスでしたら、四百個くらい吊るす事ができますよ」
ゴパルが大よその構造をスマホに入力した。顔をカルパナとスバシュに向ける。
「説明ありがとうございました。では、早速ですが、KL培養液の散布を始めましょうか。希釈倍率は、五百倍で良いと思います。首都での実験では千倍希釈だったのですが、森が近いですので倍にしましょう」
森というのは、野生キノコやカビの宝庫でもある。コンタミが発生しやすいので、用心して濃いめの希釈倍率に変更したのだろう。
その事を説明してから、ゴパルが使い方の説明を続けた。
「これを、竹枠と、床シートの下の赤レンガに、びしょ濡れになる程度まで散布してください。さらに、ハウスの外回りの地面にも同じように散布してみましょう」
そして、スマホの温度計アプリを起動させた。
「散布後に、気温と湿度を測定しましょうか。床面と天井、菌床を吊るす場所の中央とで、差が生じないようにできれば、キノコが均一に生長します」




