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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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生ハムとイチジク

 クリシュナ社長が、生ハムの紙包みを外して、包丁で薄く削ぎ始めた。しかし、上手に削ぐ事ができないようである。薄切りにする途中で、切れてちぎれてしまう。

 途中で休憩して紅茶を飲み、ため息をついた。今は子供のケンカよりも、目の前の生ハムが優先なのだろう。

「まだまだ品質が悪いな。肉質が粗い」

 そう言いながら、包丁も凝視して、不満そうに二重まぶたの黒褐色の瞳を細めた。太めで長い眉も、露骨に額の中央に寄る。

「包丁の研ぎも甘いな。鍛冶屋め、仕事を怠けてるぞ」

 カルパナは、生のイチジクの実を半分に縦に切っているのだが、彼女が使っている包丁も切れ味が悪いようだ。

 イチジク自体は、レカの拳サイズで結構大きい。半分に切ると、赤く熟した断面が現れて、白い果肉との対比と合わさり美しいのだが。香りも良い。

「そうですね。アブドラさんに言っておきます」


 それでも、人数分の用意ができたようだ。イチジクの果肉の上に、薄切りにした生ハムが乗っているだけの、非常にシンプルなものだ。今回も、ゴパルよりも先に、クリシュナ社長が一つ食べた。

「むう。まだ豚臭いな。イチジクは美味いんだが。ゴパル先生、カルパナさん、無理して食べる事はないぞ」


 しかし、食べる事にしたゴパルとカルパナであった。レカは体力を使い果たして、床に転がっている。

 それぞれが、一つずつ口にした。やはり、二人ともに微妙な表情になる。ケンカを終えて勝利宣言をしたばかりのラジェシュも、口をモゴモゴ動かしながら渋い表情だ。ゴパルが両目を閉じて、小さく呻いた。

「……確かに、豚臭いですね、クリシュナ社長。カビの使い方でも失敗しているような」

 カルパナも口元を右手で押さえて、ジト目になっている。

「すいません。やはり今回も、これ以上は無理です」

 ゴパルが紅茶で口の中を洗い流しながら、ガンドルンの民宿のオヤジがしていた話を思い起こした。

(同じ養豚団地の豚肉を使っているのになあ。処理方法で、こんなにも出来が違うのか)


 実際には、豚チリで使ったクズ肉と、この生ハムで使っている子豚の腿やロースとは、同じ豚でも風味がかなり異なる。加えて基本的に、臭みや肉の癖という面では、クズ肉の方が強い。

 クリシュナ社長とラジェシュが、半分仕事のように黙々と、生ハムイチジクを食べていく。やはり不味いようで、親子そろって太めで長い眉が、挙動不審な動きをして、しかも同じような動きでシンクロしている。

 クリシュナ社長が、紅茶にドボドボとミルクを注ぎ込んで、それを一気飲みした。

「ギャクサン社長の故郷はチャーメなんで、生ハム作りには最適なんだがなあ……燻製に使っているのもカバの木だし」


 チャーメは、ちょうどアンナプルナ連峰の北向こうにあるチベット族の町だ。ギャクサン社長の姓がラマだったので、チベット系だろうなとは思っていたゴパルであったが、かなりの山奥だったので少し驚いている。

 ゴパルの表情を見て察したクリシュナ社長が、軽く補足説明をしてくれた。生ハムは息子のラジェシュに一任したようだ。

「ジョムソン街道と同じで、今は車や軽トラックが行き来できるようになったからな。金持ちが生まれているんだよ。ジョムソンにはムクチナート寺院って有名なヒンズー寺院があるし、チャーメはリンゴやジャガイモで有名だ」

 なるほど、そうなのかと納得するゴパルである。隣のカルパナは、まだ青い顔をして顔を伏せている。

 そのため、カルパナには聞かずに、代わりにクリシュナ社長に聞いてみた。ラジェシュも青い顔をしているので、会話は難しそうだ。レカはまだ床を這っている。

「このイチジクですが、美味しいですね。シスワ地区で収穫されたのですか?」

 クリシュナ社長が、ニッコリと笑った。隣のラジェシュとの顔の対比が見事だ。

「そうだな。元々ポカラには、野生のイチジクが育っていたからな。新鮮な木の葉は、家畜の餌に今でも使っていて人気がある。だから、栽培種のイチジクも良く育つんだよ。この品種は、確かイランから持ち込まれたらしいがな」


 ゴパル達は知らないのだが、日本のイチジクよりも一回りほど小さくて、実が緻密である。果皮の色もかなり濃い。甘みもそれほど強くないので、生ハムの塩気を薄めてくれるのにちょうど良い。

 日本のイチジクでこれをすると、水気が多すぎ、甘すぎて今ひとつな印象になる。

 ちなみに、生ハムメロンで使われるメロンも、日本の栽培種では甘すぎて水気が多すぎる。ちょっと甘めのキュウリのようなメロンがちょうど良い。日本で買う事ができる物であれば、プリンスメロンに相当する。

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