カプレーゼ
ラジェシュが音頭を取って、早速軽食の準備が整えられた。ピックアップトラックの運転で、腹が空いていたのだろう。生ハムと生のイチジク、赤く熟したトマトと、出来たての真っ白なモッツァレラチーズが、皿に乗ってやって来た。それが、応接間の低いテーブルの上に置かれる。
ゴパルが、少し荒れ気味の眉を興味深そうに寄せて、じっくりとモッツァレラチーズを眺めた。
「すっかり、団子みたいになっていますね」
クリシュナ社長も、ゴパルと一緒に試作モッツァレラチーズを間近で凝視している。
「見た目は、良い感じだな。それじゃあ、試食してみるか」
ラジェシュが包丁を二本持ってきた。カルパナも手伝って、切っていく。
モッツァレラチーズと完熟トマトを輪切りにして、チーズの上にトマトを乗せ、上からオリーブオイルと塩コショウ、それにミントやバジル、イタリアンパセリ等を細かくちぎったものを添える。
それを小さなフォークで突き刺して、一口で食べるクリシュナ社長であった。モゴモゴと口を動かして、満足そうな表情になり、飲み込んだ。
「少し固めだが、水牛乳の風味は十分に出ているな。あと、塩水にちょっと長く漬け過ぎたか。濃度と漬け時間は、後で調製しよう」
レカがジト目になって、父のクリシュナ社長に肘打ちする。軽く地団駄も踏んでいるようだ。ペタペタとサンダルが音を立てている。
「もうー。客よりも先に食べてどーすんのよ、お父さんてばっ」
しかし、父のクリシュナ社長は動じない。
「何を言うか、我が娘よ。味見をするのは、大事な事だぞ。さあ、客人。食べてくれ」
ゴパルがカルパナから小さなフォークを受け取った。
「では、遠慮なく」
サクっとフォークがトマトの輪切りを貫通し、フニっというモッツァレラチーズの感触が、ゴパルの指に伝わった。
クリシュナ社長が一口で食べていたので、ゴパルも真似をする。
「お、おお。水牛乳の甘い香りと味が強いですね。トマトの酸味と新鮮な香りとの相性も良いな」
ゴパルの感想を聞いて、満足そうな笑みを浮かべている、クリシュナ社長だ。
「だな。何せ、できたばかりだ。時間が経つと香りが弱くなって、口当たりも悪くなってくるんだよ。この手作りモッツァレラチーズは、その日の内に食べるのが一番だな。お、そうだ。このオリーブ油も、自家製だぞ。サビーナさんのお気に入りだ」
カルパナも食べながら、ゴパルに補足説明する。彼女はさすがに一口では食べていなかった。
「ええと……未精製で加熱殺菌もしていないエクストラバージンオイルと呼ばれる、オリーブ油です。同じ品種の木でも、産地によって油の風味が異なるそうですよ。紅茶もここで作っています」
ラジェシュが大きな紅茶ポットを持って戻ってきた。
「おう、これだー。待たせたな」
早速、カップに注いでゴパルに差し出す。次にカルパナにカップを手渡した。普段は無駄によく動くのだが、さすがに今は必要最低限の、シャープな動きしかしていない。
「雨期茶なんで、風味が薄いんだけどな。ま、そこらへんの紅茶よりは、美味いと思う。砂糖とミルクは好みで加えてくれ」
とりあえず、砂糖だけを少量入れて飲むゴパルだ。満足そうに一息つく。
「サビーナさんによると、普段の私は、茶樹の茎と枝の煮汁しか飲んでいませんので、正確な批評ができないと思いますが……味オンチの私でも、美味しいと思えますよ」
カルパナは砂糖も加えていないで、そのまま飲んでいる。そのカルパナが軽いジト目になった。
「もう、サビちゃんてば……すいません、ゴパル先生」
カプレーゼを父親やゴパルと同じく、一口で食べたラジェシュ。レカが食べようとして、フォークを伸ばした先のカプレーゼを、かっさらってしまった。次の瞬間には彼の口の中に収まっている。
「ぎゃー! わたしのカプレーゼ返せーっ」
レカが兄のラジェシュの襟首を、両手でつかんで騒ぎ出すが、ラジェシュは平然としたままだ。
「さっき、散々に俺を殴っただろ。その謝罪料だ、あきらめろー」
ぐぎゃぐぎゃと、ケンカが始まった。しかし、いつもの事らしく、父のクリシュナ社長やカルパナさえも、放置している。ゴパルも見習って、見物するだけに留める事にしたようだ。




