リテパニ酪農
レカから見事な右ストレートを数発食らった、兄のラジェシュである。しかし、特に反省する様子も無いままで、あごをさすりながら運転し、酪農場の手前の駐車場に到着した。
レカが助手席のドアをすぐに開けて、外に飛び出した。バタバタと走り、車の周りをぐるりと回って、カルパナが座っている側のドアを開けた。
「カルちゃん、大丈夫? ごめんねえーっ。バカ兄のせいで、バカ兄のせいで、バカ兄のっ」
そのバカ兄のラジェシュが、あごをさすりながら、エンジンを切った。
「ま、無事に着いたんだから、結果オーライで良いじゃないかよ」
カルパナも、トラックから降りて、怒り心頭のレカの両肩をそっと持つ。
「無茶なお願いをしたのは、私ですから。あんまり、お兄さんを怒らないでね、レカちゃん」
そう言われると、頬を膨らませながらも渋々納得するレカである。しかし、兄のラジェシュをキッと睨みつけるのは忘れなかったが。
「兄ちゃん! もう、次こんな事したら、パソコンのお宝フォルダを全世界に無料配信するからねっ」
ラジェシュが、潰れている社長二人を車外へ連れ出して、それでもハイタッチをしながら、レカに謝った。
「凶暴だなっ。そんな事をされると、兄は社会的に死んでしまいます」
ラジェシュがゴパルに、にこやかな笑みを向けた。
「では、ゴパル先生。我がリテパニ酪農へようこそ。ご案内いたしましょう」
リテパニ酪農は、低い丘の上に牛舎と家が建っていた。丘全体も敷地のようで、サイロや倉庫等が、丘の斜面と麓に造られている。駐車場も、この丘の上に造成されていて、そのまま畜舎と家に接している。
水問題のためか、丘の一番高い場所には、大きな貯水タンクがいくつか設置されていた。総容量は数十立方メートルにもなるだろうか。
生乳を一時貯蔵する大きなステンレス製のタンクは、駐車場に接する場所にまとめて置かれてある。
牛舎は丘の尾根筋に沿って細長く建てられていて、かなり大きい。周囲には立ち入り禁止の立て看板と、鉄柵が張り巡らされてあった。
ゴパルにラジェシュが歩み寄って、牛舎を指さした。同時に、家から顔を出した五十代の男を手招きする。顔がよく似ているので、ラジェシュとレカの父親だろう。
「うちの牛舎は、百二十頭のフリーストール方式なんですよ。ま、そんなに大きな規模じゃ無いですね」
フリーストール方式というのは、牛が自ら搾乳場へやってきて、従業員によって搾乳される方式である。
「牛舎を柵で囲んでいるのは、口蹄疫なんかの伝染病の対策ですね。人がウイルスを持ち込む場合があるんで。それと、牛泥棒の対策も兼ねてます。基本的に、牛舎内へは、関係者以外は入れないですよ」
そこへ、五十代の男がやって来て、カルパナとゴパルに合掌して挨拶した。カルパナにニッコリ笑う。
「こんにちは、カルパナさん。いつもいつも、うちのレカがお世話になっております。ラジェシュが言った通り、普通は牛舎内に入るのは断るんですがね、今回は特別ですよ。何せ、隠者様からも牛舎内に入れるように言われておりまして」
そして、ゴパルに顔を向けて自己紹介をした。社長二人とは、顔なじみの様子で、ざっくばらんな挨拶を交わしただけである。
「初めまして。このリテパニ酪農の社長のクリシュナです。散布試験の準備は整ってます。KLが効く事を期待しておりますよ」
レカとラジェシュの父親クリシュナ社長は、ラジェシュをそのまま五十代に老けさせたような風貌をしていた。
ただ、ラジェシュと違い短髪で、筋肉質では無く小太りだが。家系なのか、クリシュナ社長も無駄によく動いている。
ゴパルが自己紹介をして、今回の試験への協力を感謝すると、クリシュナとラジェシュが同じような顔で、ニッコリと笑った。さすがに親子である。ラジェシュが牛舎へ皆を案内する。
「牛舎内は専用の作業服を着てもらいます。伝染病の持ち込みを予防するためなんで、了解頼みます」




