橋にて
ピックアップトラックは、ポカラ市街を抜けて、レカナート市の手前にある橋に差し掛かっていた。橋の手前は急斜面のカーブになっている。ラジェシュが後部座席に声をかけた。
「橋の手前なんで、曲がりますぜっ」
同時に横向きの加速度が、ゴパルの右手にかかった。普段、筋トレをしていない腕なので、プルプル震える。
「ぐお……」
ゴパルが、自身の体重の一部を右腕一本で支える。が、やはり力及ばす、カルパナにもたれかかってしまった。カルパナの背中寄りの左わき腹の上に、ゴパルの右わき腹が再び乗りかかり、彼女の両肩がビクリと震える。
「……!」
「こ、これは失礼っ」
ゴパルが左手も伸ばして、両手でドアを突っ張った。その努力のおかげで、数ミリほど、ゴパルの右わき腹が離れていく。
しかし、両手を窓についたために、ゴパルの姿勢が少し回転した。今は前かがみに伏せているカルパナの背中の上に、ゴパルがうつ伏せで覆い被さるような状況だ。辛うじて、今の二人の間には、数ミリほどの空間が保たれている。
ともあれ、接触状態では無くなった。力んで顔を真っ赤にしているゴパルと、同じように耳まで赤くしているカルパナが、一息つく。
そこへ、ニンマリと笑顔を浮かべた社長二人が、情けない声を上げて、ゴパルにもたれかかってきた。
「あ~れ~。体が振られる~」
「ゴパル先生、支えてくれたまへ~」
いきなりゴパルの背中に、中年太りのオッサン二人分の体重が、のしかかった。容赦無く。
「ぐべっ」
ゴパルの両腕が、その加重に耐えきれずに、プルプルしながら曲がった。ゴパルの上体が、カルパナの背中に覆い被さる。
「きゃ……」
カルパナが短く悲鳴を上げて、そのまま押し潰されてしまった。助手席から見ているレカも悲鳴を上げている。
次の瞬間、ラジェシュがハンドルを反対方向へ切った。橋の直前の最後の逆カーブだ。これまでとは正反対の方向へ、加速度がかかる。おかげで今度は社長二人が、ゴパルとカルパナに押し潰されてしまった。
「ぴぎ……!」
断末魔の呻き声を上げた社長二人であった。
ピックアップトラックは、平然と橋を渡り始めて、ゴトンゴトンと車体が揺れている。
後部座席では、社長二人の上に、ゴパルが仰向けにもたれかかって、カエルが潰れたような万歳の姿勢をしている。
そのゴパルの腹の上に、カルパナがエルボードロップの技をかけているような有様になっていた。彼女の左肘が、見事にゴパルのヘソの辺りに突き刺さっている。
慌てて起き上がって、ゴパルに謝るカルパナだ。パッチリしている二重まぶたの目なので、狼狽の様子がありありと現れている。
「ご、ごめんなさいっ。ゴパル先生、大丈夫ですかっ?」
しかし、ゴパルは力を使い果たしたのか、弱々しく自嘲気味に笑うばかりであった。両目も閉じて涙目になっている。体もピクリとも動かない。両腕だけは、ピクピクと痙攣しているが。
橋を渡り終えると、坂があり、それを上り終えると軍の駐屯地の前を通る。前回、カルパナがゴパルをバイクに乗せて、ジャンプした場所だ。さすがにラジェシュは、減速してハンプを無難に乗り越えていく。
「あ、カルパナさん、すまないね。ここでは検問をやっていなかったよ。ははは勘弁勘弁」
白々しい口調でカルパナに謝るラジェシュであった。レカが怒って、兄のラジェシュに食ってかかっている。それにカルパナも参戦していった。
「勘弁じゃ、ありませんーっ」
「ぐぎゃぎゃぎゃーっ! このバカ兄いいいいっ」
カルパナの顔が真っ赤になっているのを、ぼんやりと見ながら、肋骨が無事だった事を感謝するゴパルであった。




