改善策
交通警察官が、カルパナの顔を見て、軽く敬礼してきた。カルパナも律儀に軽く手を振って挨拶を返す。
その姿を見たゴパルが、何か思いついたようだ。このままでは、社長二人が病院送りになってしまいかねない。
「カ、カルパナさん。肩の位置を前後にずらしましょう。私がのけぞって、肩を後ろにずらしますので、カルパナさんは少し、前かがみになって肩を前にずらしてください」
カルパナが軽く咳き込みながら、うなずいた。さすがに顔が青くなっている。
「わ、分かりました……こうでしょうか?」
カルパナが背を少し曲げて、目の前の運転席の座席に両手を添えた。前かがみの姿勢だ。後部座席に空間が生じて、そこへゴパルが右腕を突っ込む。
そのまま、カルパナの背中越しに、ドアの窓ガラスへ右手をついた。雨が降っているので、窓ガラスを上げて閉めていたのだが、それが良い手がかりになった。
肩の骨の痛みが消えて、ほっと一息つくゴパルとカルパナである。腰骨の痛みは、まだ解決されていないが、先程よりマシになった。社長二人も呼吸が楽にできるようになったようだ。
「こ……これで、少しは楽になった……でしょうか? カルパナさん」
ゴパルの問いかけに、健気に答えるカルパナである。まだ少し顔色が青いままだが。
「は、はい……かなり楽になりました」
カルパナが顔を上げて、左の肩越しに後ろのゴパルに振り返り、疲れた笑顔を浮かべる。
「ゴパル先生は、大丈夫で……あ……」
それっきり、カルパナが顔を伏せて、黙り込んでしまった。
ゴパルが、何かあったのかと視線をあちらこちらへ向ける。そして、右わき腹に強烈な圧迫感を感じて、理解した。カルパナの背中寄りの左わき腹に、ゴパルの右わき腹がドッシリと覆い被さっている。
(こ、これはヤバイ)
ゴパルの背中に冷や汗が流れた。
どのくらいヤバイかというと、カルパナの呼吸による左わき腹の動きが、ゴパルの右わき腹に直接伝わるくらいにヤバイ。多少の皮下脂肪層が、ゴパルの右わき腹を包んでいるのだが、それでも、右の肋骨が軋むくらいにヤバイ。下手すればゴパルの骨が折れる。
慌ててゴパルが、右手を突っ張ってカルパナから離れた。ほっと一息つく。これで肋骨へのダメージは和らぐだろう。
助手席に座っているレカは、先程からずっと後部座席のカルパナの手を握って騒いでいるばかりだ。
「ぐぎゃぎゃ、うぎゃぐぎゃ、カルちゃん、どうかした? 大丈夫?」
カルパナは顔を伏せたままで、無言を貫いている。
運転席のラジェシュが、バックミラー越しに後部座席の状況を見て、さらにニヤニヤし始めた。必死で右手をドアに立てかけているゴパルに声をかける。
「ゴパル先生。その格好、カルパナさんを腕枕してるように、見えるっすよー。ひゅーひゅー」
正確には、まるで異なるのだが、もはや抗弁する余裕が無くなってきているゴパルであった。レカも、ようやく状況を理解して、さらにぐぎゃぐぎゃと騒ぎだした。かなりうるさい。
カルパナはカルパナで、伏せた顔から見える耳の先が、真っ赤になっている。頭の中もグルグル回っている様子だ。
「ラ、ラジェシュさん……検問は、もう過ぎましたか? でしたら、助手席へ移りたいのですが……」
カルパナが、か細い声で訴えるが、肩をすくめて謝るラジェシュだ。
「すまねえな、カルパナさん。レカナートの軍駐屯地でも検問をしてたんだよ。そこまで我慢してくれ」
ラジェシュが『嘘だけどなっ』と、無言でペロリと舌を出して、口元を大いに緩めた。しかし、カルパナやゴパルには、察する事ができなかったようである。レカはパニック状態に近いので、論外だ。
察する事ができたのは、社長二人だけのようだ。この時点で彼らは呼吸が楽になっていたので、軽く視線を交わしてから、ラジェシュと同じようにニンマリと声を立てずに笑っている。




