満席ピックアップトラック
「じゃあ、出発するか」
ラジェシュが助手席のレカを、小突きながら、後部座席の四人をバックミラー越しに確認する。ビシュヌ番頭が、運転席の真後ろの窓際に座っているカルパナを気遣った。
「あまり、ご無理をなさいませんように。カルパナ様がバイクで行くという手段もありますよ」
今になって、その方法に気がついた様子のカルパナであった。しかし、穏やかな口調で断る。口元が、多少固まっているようだが。
「い、いえ。これで構いません。バイクでは、車よりも遅れてしまいます」
そして、隣に座っているゴパルに謝った。
「すいません、ゴパル先生。窮屈ですよね」
ゴパルが垂れ目を白黒させながら、ぎこちなく微笑んだ。
実際の所、カルパナとゴパルの肩と腰の骨が、互いにぶつかっていて、ギシギシと音を立てている。ピックアップトラックの後部座席は、ただでさえ狭いので、すし詰め状態だ。
「私こそ、すいません。もっとダイエットして痩せるべきでした」
ゴパルの隣には、社長二人が目を白黒させて座っている。彼らも太っているので、かなり大変なようだ。体が横方向に激しく圧縮されていて、コメントをする余裕も無いらしい。
助手席に座っているレカが、泣きながらカルパナに謝っている。
「ごめんねえ、カルちゃああん」
かなり愉快な状況に、運転席のラジェシュの口元が緩みっぱなしだ。それでも、努めて冷静な口調で、ビシュヌ番頭に告げた。
「それでは、カルパナさんを、少しの間、預かります。早く出発した方が、良さそうだ」
ビシュヌ番頭が、整った太眉を押し下げて、二重まぶたの目を閉じながら、しみじみと同意した。黒褐色の短髪の先が、ピョコリと揺れる。
「そうですね。窒息する前に送り届けてください」
普通であれば、互いの座る位置を前後にずらしたり、膝の上に座ったりする。しかし、ゴパルと社長二人が太っているので、その技が使えなかった。
結果として、串に刺した団子のように、一列に並んでしまっている。晴れていれば、トラックの荷台に二人ほど移す事もできたのだが、残念ながら、ポカラはまだ雨模様だ。
ピックアップトラックが走り始めた。運転手のラジェシュは、慎重に車を走らせているのだが、ポカラの道路には、様々な障害物がある。
道の穴を避け、放牧牛や水牛を避け、この雨の中でも元気に自転車をこいでいる欧米人の観光客を避け、黒煙を吐き出してノロノロ走っている市内循環バスを追い越し、道路に飛び出してくる地元の子供らにクラクションを鳴らす。
しかし、さすがに今は、道端に転がっている牛糞まで避ける余裕は無さそうである。雨で泥状になっている牛糞が、さらにタイヤで路面に薄く引き延ばされていく。
それでも、前後左右に加速度がかかる運転なので、社長二人が押し潰されていた。
「ぐぺ、うご、んが……」
殺処分される豚や、鶏のような声を上げている。
ゴパルとカルパナも例外では無く、一緒に押し潰されているのだが、何とか耐えている。さすがに二十代の若さだ。
(ふ、普通だったら、美人さんと肩寄せ合ってロマンチックな場面……なんだけどな。どうしてこうなった)
ゴパルが内心で苦笑する。今はとにかく肩と腰の骨が痛い。
交差点では、交通警官が立っていて、検問を行っていた。といっても、過積載のトラックや、暴走バイク、それに助手席に三人も乗せている車がターゲットだったようだ。ラジェシュが運転するピックアップトラックは、そのまま通してくれた。
ポカラの交差点は、信号機が無いのでロータリー方式だ。おかげで、ハンドルを切ってロータリーを曲がらなくてはならない。横向きの加速度が、二人の社長の側にかかった。
「ぴ」
ヒヨコが押し潰されたような声が、中年太りのオッサン社長二人から上がる。女子中学生のような可憐な声で、思わず顔を見合わせるゴパルとカルパナであった。さすがに今は、コメント等はしないようだが。
その代わりに少しの間だけ、カルパナの肩が無言で小刻みに震えている。




