お迎え
店の外には、レカの兄であるラジェシュが運転する、ピックアップトラックが、エンジンをかけたままで停車していた。
タンクトップシャツからは、太い筋肉質の腕が伸びている。やはり、レイクサイドに居る欧米人観光客のようなラフな姿で、首の後ろで適当に束ねられた、弱い癖のある黒髪が目立つ。
今回もハンドルをバンバン右手で叩きながら、リズムを取っている。時々、変拍子が混じっているが。その二重まぶたの黒褐色の瞳が、愉快そうに細められた。
「お。タイミングは完璧だったようだな。さすが俺」
「しゅ、出発、出発ーっ。兄ちゃん、出発ー」
そんなセリフを喚きながら、真っ先に助手席に駆け込んで来たレカの額に、肘打ちするラジェシュである。ぐは、とか何とか呻いて、撃沈したレカを一言からかってから、ゴパルに謝った。
「また、うちの引きこもりレカが、粗相をしたようで。すいませんゴパル先生。うちのリテパニ酪農は、準備万端でお待ちしてますよ」
ゴパルが合掌して挨拶して、頬を緩めた。
「彼女は粗相なんて、していませんよ。少し緊張していただけですから、ご安心を」
このような事は、よく起きているようで、カルパナも普通にビシュヌ番頭と、店番について色々と話している。ギャクサン社長とバルシヤ社長も、世間話をして談笑している。
カルパナと話を終えたビシュヌ番頭が、ゴパルに話しかけてきた。
「後の事は、お任せください。では、道中、お気をつけて」
が、早速、気をつける事態が起きていたようだ。運転席のラジェシュが、申し訳なさそうな顔になった。その癖に、口元は大いにニヤついているのだが。
「いや、済まない、皆さん。交通警察が検問をしていてだな、助手席には一人しか乗せられないのだよ」
助手席で頭を両手で抱えて呻いていたレカが、瞬時に硬直した。
「は? け、けけけ検問?」
ラジェシュが、ニヤニヤしながら、レカに提案する。
「後部座席に座れって事だよ、我が妹よ。カルパナさんを、あの中年太りのオッサン三人と一緒に、後部座席に座らせる気か? ん?」
「う、うぎゃぐぎゃ、ぎゃぎゃぎゃっ」
何か意味不明なセリフを吐き始めたレカである。
見かねた社長二人が、ゴパルとカルパナに告げた。
「こりゃ、さすがに可哀そうだな」
「我々は、タクシーを拾って合流しますよ。ちょっと遅れるかも知れませんが、ご容赦ください」
カルパナが、ビシュヌ番頭に手を振った。
「では、私のスタッフに命じて、バイクで送らせましょう。ビシュヌさん、スバシュさんか、弟を呼んでください。バイク二台で、社長さん達をレカちゃんの酪農場まで送ります」
これを辞退する社長二人だ。ポカラは今日も雨が降っている。仕方なく、カルパナがビシュヌ番頭に命じて、タクシーを呼ぶ事になった。
ラジェシュが口元を緩めたまま、ハンドルを叩く。
「これで一件落着だな。ゴパル先生、カルパナさん、後部座席へどうぞ。レカは、しばらく反省してろ」
……しかし、五分後。ビシュヌ番頭が、スマホを手にしたまま、カルパナに残念そうな顔を向けた。
「すいません、カルパナ様。タクシー会社に問い合わせましたが、今はどの車も空きが無いそうです。検問のせいで、タクシーが利用されてしまったようですね」
今度は、社長二人が申しわけない顔になった。カルパナに謝る。
「では今回は、我々はここで脱落しますよ。レカちゃんのリテパニ酪農での実験は、結果だけお知らせください。後日、改めて酪農場へ伺います」
カルパナが、少し考えてから、その提案を拒絶した。
「いえ。私が皆さんと一緒に、四人で後部座席へ座れば、それで済む話です。そうですね? そうしましょう」
そして、運転席のラジェシュに顔を向けた。
「ラジェシュさん。後部座席に四人座っても、大丈夫ですよね」
素直にうなずくラジェシュだ。ちょっと予想外の展開だったらしい。
「そうですが……本当に、それで構わないんですか?」
カルパナが、穏やかに微笑んだ。パッチリとした二重まぶたの目が、柔和な光を帯びて、腰まで伸びている黒髪が、風に揺れた。
「満員バスで慣れていますよ」
社長二人が、ゴパルと顔を見交わした。どうやら、代替案は無さそうである。




