天気予報の人
ゴパルが何か思い出したようだ。バンを安全運転で走らせている協会長に、真面目な顔を向けた。
「あ、そうだ。ラビン協会長さん、ポカラで代表的なチベット寺院を教えてください。前回、アンナプルナ内院の天気予報で、大変お世話になりましたので、詣でておきたくて」
協会長が、ゴパルの申し出に、困ったような笑みを浮かべた。
「その事は、アンナキャンプのアルビンさん達からも、うかがっています。ですが、チベット寺院や僧侶は、天気予報サービスをしていないのですよ。詣でても、担当者は居ないかと思います」
言われてみれば、その通りである。
ゴパルが協会長の説明に納得しながらも、首をかしげた。
「なるほど。では、自称チベット僧の誰か……という事になるのでしょうか」
協会長が、道端の水牛を回避して運転しながら、ぎこちなくうなずいた。
「……そうですね。私個人の推測ですが、ヒンズー教に聖者や隠者様がいらっしゃるように、チベット仏教にも聖と呼ばれる、在野の遊行者がいらっしゃるのですよ。恐らくは、その聖様が、気まぐれに告げたのかと思います」
ゴパルが目を点にして聞いている。
「聖様ですか。初めて聞きます」
協会長が苦笑してうなずいた。そろそろホテルに到着する頃だ。
「住居も宗派も一切定めずに、流浪しておられる方々です。ですので、私達も聖様にお会いできる機会は、ほとんどありません」
タカリ族の協会長が、そう言うのであれば、そうなのだろう。
興味深く聞いているゴパルに、協会長が優しく微笑んだ。ネクタイをきちんと締めた、濃紺色のスーツ姿なので、聖の話とは若干の違和感が生じているが。
「ゴパル先生が天気予報に感謝していた、という話は、既にアンナプルナ街道に広まっています。それで十分ですよ。聖様を探して、お会いになる必要はありません。到着しました。まだ雨が降っていますので、足元にご注意ください」
ホテルの白いバンが、ルネサンスホテルの入口に停車した。
すぐにチェックインして鍵を受け取る。部屋は前回と同じく二階の角部屋だった。男のスタッフにキャリーバッグを持たせて部屋へ向かう。
部屋は前回と同じで、窓から見える風景も前回同様の雨模様だった。男スタッフにチップを渡して、小さくため息をつくゴパルだ。
「本当に、雨に恵まれているなあ。さて、ロビーへ降りるか」




