ポカラ再び
翌朝、首都は曇り空だった。しかし、ポカラ行きの飛行機は飛ぶという知らせが届いたので、出張準備をするゴパルであった。
ゴパル母が、カルパナへのプレゼントだと言って、自家製のミントとバジルのアチャールが入った、小さなガラス瓶を持っていけと強要した。
さすがにキャリーバッグに隙間が無かったので、ゴパルが断ったのだが、ゴパルの婿入り計画は実行中のようである。
ゴパル本人は、それどころでは無かったようだ。キャリーバッグやリュックサックの中をひっくり返して、ゴソゴソと何か探していたのだが、がっくりと肩を落とした。
「しまった……充電器を無くした」
どこで無くしたのか、思い出そうとするが、結局分からずじまいである。
「セヌワの宿で預けた、防寒具の中に紛れ込んだのかなあ……であれば良いけど。宿のニッキさんに聞いてみるか」
早速、スマホで彼に電話をかける。さすがに民宿のオヤジなので、朝早いようだ。すぐに電話口に出てくれた。
「よお。ゴパルの旦那かよ。無事に首都に戻ったんかナ?」
グルン訛りのネパール語で、陽気に聞いてくるニッキだ。ゴパルが手短に挨拶をして、早速充電器の事を聞いてみた。すぐに、受話器の向こうで、ゲラゲラとニッキが笑い出した。
「おう。やっぱりゴパル旦那の忘れ物だったか。アンナキャンプで忘れていったってチャイ、アルビンから聞いてるっすよ」
ほっとするゴパルだ。額に浮き出ていた冷や汗を拭いた。
「良かったー。あの充電器、大学の備品なのですよ。無くしたら、弁償しないといけない所でした。ありがとうございます。次回、セヌワに向かった際に受け取りますね。これから、またポカラへ向かいますので」
ニッキが、まだ笑いながら、ゴパルに提案してきた。
「そりゃあ、大変な事になる所だったすね、ゴパルの旦那。じゃあ、旦那がポカラへ来るなら、誰か人に充電器を託して、ポカラまで持って行かせるっすよ。どうせチャイ、ポカラへは頻繁に買い出しやら何やらで、行き来してますんで、ご心配なくっ」
平謝りして、そうしてくれるように頼むゴパルであった。電話を終えた後、その一部始終を見ていたゴパル母に、説教を食らったのは言うまでもない。
さて、説教の後で、空港へタクシーで向かうゴパルである。チェックインも滞りなく終え、国内線の搭乗待合ロビーで呼び出しを待つ。
しばらくして、ボロボロなミニバスが到着して、運転手がドラ声を上げた。
「ポカラー!」
節電の最中なので、やはり今回も電光掲示板等の案内サービスは一切無かった。
ドラ声に従って、ボロボロの送迎ミニバスへ乗り込むゴパル達乗客である。今回も乗客は数名だけだった。
「赤字にならないのか、心配になるなあ……」
さすがに心配になるゴパルである。飛行機の方は、ちゃんと整備されているようだ。座席には、飴玉の包み紙が残されたままだったが。
そんなこんなで、ポカラ行きのプロペラ機は、定刻に飛び立った。
飛行機の中では、やはりCAが飴玉と紙コップのジュースを出してくれた。窓から外を見ると、晴れ間が増えてきているのを実感する。気流も落ち着いてきているようで、それほど機体が揺れない。
「それでも、まだヒマラヤは見えないか……」
気持ちを切り替えて、カルパナが送ってくれたポカラでの予定表を見る。機内ではスマホやPCは使用できない規則なので、前もって紙に印刷していた。
「キノコ栽培は、ヒラタケか。ラメシュ君に聞いて、要点を抑えてあるから大丈夫かな」
ポカラ国際空港へ着陸して、タラップを降りると雨だった。傘を持ってきていなかったので、駆け足で国内線ターミナルまで急ぐ。
「雨に縁があるなあ」
頭や肩をハンドタオルで拭きながら、空港係官から手荷物のキャリーバッグを受け取る。
そのまま、空港の外まで出ると、やはり物乞いに囲まれてしまった。今回も、一人選んで、彼に五ルピーを渡す。
そんな事をしていると、協会長が手を振って声をかけてきた。きちんとした濃紺色の上下のスーツ姿に、黒の革靴だ。傘も差しているので、それを軽く上下させてゴパルの注意を引いている。隣には、ルネサンスホテルの白いバンも停まっていた。
「お待ちしていました、ゴパル先生」
恐縮して、協会長の元へ駆け寄るゴパルだ。合掌して挨拶しながら、とりあえず謝る。
「すいません、ラビン協会長さん。忙しいのに、申し訳ありません。ホテルの場所は、もう知っていますので、今後の出迎えは不要ですよ。タクシーを拾いますし、歩いても行けます」
協会長がゴパルに傘を渡して、少し残念そうに軽く微笑んだ。
「そうですか? 私としては、ちょうど良い息抜きの時間ですので、お気遣いは無用でしたのに」
それでも、ゴパルが困った表情を続けているので、仕方がないという風で肩をすくめた。
「かしこまりました。では、次回からは、ホテルのロビーにて会う事にいたしましょう」
ゴパルが、ほっとして、話題を切り替えた。
「首都では、雨が止みましたが、ポカラでは、まだ降っているのですね。さすがは、国内屈指の雨量の街だなあ」
協会長が、ゴパルをホテルの白いバンに案内して、助手席のドアを開けた。キャリーバッグは、後部座席に乗せる。他に乗客は乗っていなかったので、貸し切り状態だ。
「実は、ポカラも朝は曇り空でした。ゴパル先生が到着する前から降り始めましたよ。雨に好かれていますね」
微妙な表情になるゴパルであった。
「あはは……これは、今回もヒンズー寺院に詣でないといけないかなあ」




