チーズと雑談
ゴパルとカルパナがトイレに行って手を洗い、会議室へ戻ってきた。
テーブルクロスが交換されていて、リテパニ酪農産とセヌワ産の試作チーズが数種類運ばれてきていた。
サビーナは早くも青カビチーズをトーストしたバゲットに塗って、パクパク食べている。微妙な表情だ。バクタプール酒造産の赤ワインを飲んで、小さくため息をついた。
「むうう……やっぱり今一つよね。悪くはないんだけどなー。青カビが悪いのかしら、ゴパル君」
ゴパルもセヌワ産の青カビチーズを一口試食して、申し訳なさそうに頭をかいた。
「ほとんどの野生の青カビは、ごく普通の能力しか有していないんですよ。美味しいチーズをつくるような菌株を見つけるのは、幸運に恵まれないとなかなか……他の菌にも同じ事がいえますけど」
カルパナは青カビチーズには手をつけず、カマンベールチーズ風の白カビチーズを食べて話を聞いている。
「自然相手だから大変ですよね。先程のヤマシギですが、耕作放棄地が森に変わってきているので増えているかも知れません。シャンジャのシャムさんが、鳩タワーの中で森鳩や山鳩が巣をつくってるって喜んでいました」
嫌な予感を感じるゴパルだ。サビーナが不敵な笑みを浮かべてゴパルを見据える。
「そういう事。森を育ててヤマシギやツグミ、森鳩に山鳩、野鴨、クジャクなんかを増やしなさい。あ。カラスやハゲワシは不味いから不要だぞ」
ポカラには冬になるとハシボソハゲワシの群れが飛来してくる。大きなワシくらいのサイズで、やっぱり頭がハゲている。鶴も渡ってくるのだが、ポカラにはあまり滞在せずにチトワン国立公園で過ごすようだ。
ゴパルがグリュイエール風チーズを食べながら、困った表情を浮かべていく。
「それって、森にKL培養液や光合成細菌、ボカシなんかを撒くって事ですよね……マジですか」
カルパナはエメンタール風チーズを試食して、穏やかに微笑んだ。
「チャパコットの森を、ゴパル先生は最近見ていませんよね。クチナシやヤブツバキの林に撒いているんですが、周辺の森が変わってきているんですよ」
森の木々がよく育つようになってきていて、見慣れない草木やキノコ、ランも生えているらしい。育種学研究室のゴビンダ教授に調べてもらったのだが、外来種ではないという結論だった。
「森が豊かになってきていますね。野鳥も増えているんですよ。野ネズミとヘビも増えて困っていますけど」
隠者と修験者は森の中をよく散策しているのだが、ヤマネコや豹も見かけるらしい。野ネズミを主食にしていて、野良ネコや野犬もついでに襲って食べているようだ。さすがにベンガル虎は見かけないそうだが。
ゴパルは新種のキノコに興味が湧いたようである。垂れ目をキラキラさせ始めた。
「マジですか。雨期の間にチャパコットの森に入って色々と採集したいですね。森の中にボカシを撒く作業は大変そうですけど、ガンバリマス」
サビーナがニヤニヤしながら否定的に首を振った。
「散布はドローンに任せればいいじゃない。尾根筋に重点的に撒けば、後は雨で流れて広がっていくはずよ」
ABCに飛んでくるドローンは、今は最大積載重量が五十キロまでになっていた。大型化が順調に進んでいて、子供であれば緊急搬送できる能力に近づいてきている。
百キロ程度まで進化すれば、一度ドローンに乗ってナヤプルとABCとを往復したいな、と密かに考えているゴパルだったりする。クシュ教授やアバヤ医師も行き来できるようになるだろう。
(その前に、政府からの許可が必要になるけどね。墜落したらケガでは済まないだろうし)
カルパナは、森を育てる事に関しては楽観的なようだ。
「シイタケのほだ木になる樹種を植林しても良いですね。ロクタ和紙の原料に使う木とか、クチナシ、ヤブツバキ、ラプシも良いかも。木が育つ間は、黒カルダモンとか山芋を植えておけば収入源になりますよね」
ほだ木用の木以外は、どれも既に実際に栽培されているものばかりだ。ほだ木も基本的には在来種のネパールハンノキなので苦労はない。クヌギやカシも特に問題なく育つ気候である。
サビーナも楽観的だ。
「雑木は薪にして、石窯で燃やせばいいしね……おっと、そろそろ厨房へ戻らないと。最後にシャムさんが届けてくれた生豆と干し果肉でつくったカフェラテで終了しましょ」




