ヤマシギのロースト サルミソース
給仕が料理を皿に盛りつけて運んできた。
ヤマシギは森に棲む小さな野鳥だ。その骨付き腿肉と胸肉が乗っていて、縦に二つ割りされた頭が添えられている。
どれもしっかりとオーブンでローストされていて、骨付き腿肉と胸肉には濃い茶色のサルミソースがかかっていた。
ヤマシギ料理はゴパルとカルパナの二人分だけ用意されていて、サビーナは赤ワインを手にしてニコニコしながら見ている。
ゴパルが料理を一目見て顔を青くした。
「もしかして、これって凄く高価な料理なのでは……」
カルパナも同じような青い顔だ。
「サビちゃん……一羽まるごとなんて聞いてないってば」
サビーナが気楽な表情で笑いながら答える。
「心配無用よ。このヤマシギはね、開明冷凍システムのデータ取り用に使ったヤツ。お代はもうスルヤ教授から頂いてるから、気にしないで食べなさい」
了解しながら、手洗い用の水を入れたボウルを用意してもらい、手を洗いに行くゴパルとカルパナだ。戻ってきて席に座ったが、まだ緊張している。そんな二人を見ながら、サビーナが試食を急かした。
「冷めるから、さっさと食べなさい。サルミソースが固まってしまうわよ。ワインの代金まではもらってないから、この安い赤ワインのままだけどね」
恐る恐る手づかみで食べ始めたゴパルとカルパナが、すぐに驚きの表情に変わった。
「うひゃ。美味しいですよっ。なんですかコレっ」
「あわわ……熟成具合が凄いよ、サビちゃん」
二人の慌てぶりを見て、ニコニコ笑顔を浮かべるサビーナである。
「ん。素敵な反応ね。料理をつくった努力が報われて、ワシも嬉しい」
このヤマシギはネパール産ではなくて、英国産だ。野鳥には狩猟期間が設けられているので、期間限定である。そのためレストラン間で獲得競争が起こり、一般に入荷数は少ない。
そういう事情があるため、細胞を破壊しない開明冷凍システムを使って、長期保存の実験をしていた。
ヤマシギは熟成させると内臓から特有の香りが生じる。ただし熟成させすぎると、肉の分解が進みトロトロになってしまうので加減が必要だ。
適度に熟成させたヤマシギを、内臓がついたままでオーブンでローストする。こうする事で内臓の香りが肉に染み込む。同時に内臓にも熱が入るので生臭くなくなる。この内臓はサルミソースづくりの材料に使っていると話すサビーナである。
味だが、鴨肉をさらに濃厚にした印象だ。内臓に独特の甘みと香りがある。しかし量が少ないので、あっという間に食べ終えてしまうのが残念だが。
ヤマシギはベカスとも呼ばれ、フランス料理で人気の食材だ。狩猟のピーク時期が西暦太陽暦の十一月中旬から十二月中旬までの短期間なので、もし機会があれば予約して食べてみると良いだろう。
ニコニコしながら食べていたゴパルが、バクタプール酒造産の赤ワインを飲んで愕然とした。
「ぎゃ……渋い水みたいだ」
カルパナも赤ワインを飲んで目を点にしている。
「料理の風味にワインが圧倒されていますね」
サビーナが軽く肩をすくめた。
「強い風味の肉とソースだから、それ相応の強い風味のワインにすべきなのよ、本来はね。だけど、そんなワインって値段の高いヤツばかりだし。今回は諦めなさいな」
サビーナが勧めるのはシャンベルタンというフランス産の赤ワインだった。サルミソースを使わないローストであればミュズニィでも良いらしい。
「バクタプール酒造の目標も、このヤマシギ料理にふさわしい風味になる事ね。そう伝えておきなさい、ゴパル君」
ゴパルが早くも食べ終えて、ボウルで手を洗いながら肩をすくめた。
「鳩料理とヤマシギ料理ですか……前途多難だなあ」
カルパナも食べ終えて、ボウルで手を洗っている。
「美味しかったよサビちゃん。ヒンズー教が野鳥肉は清浄だと認めているのも納得だね」
サビーナがご機嫌な表情で首を振った。
「認めているのは、ポカラのチェトリ階級だけだけどね。カルちゃんの階級じゃ違うし」
バフン階級では、野鳥肉を清浄とは呼ばない。あくまでも曖昧な扱いで、鶏肉や去勢山羊肉と同じ分類に入る。豚や牛のような不浄な肉ではないのだが、肉市場ではなかなか見かけない。
ポカラのチェトリ階級も、飼育した野鳥は不浄扱いだ。あくまでも狩猟して得た野鳥に限定される。まあ大多数のチェトリ階級は、バフン階級の肉の扱いに準じているのが現状だが。
ちなみに、キノコもヒンズー教では肉に準じた扱いだ。ただ、多くの人は清浄だとみなして食べている。




