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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
ネパールにも平原があるんだよ編
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雑談と前菜

 ルネサンスホテルのいつもの二階の角部屋で経費報告書をつくっていたゴパルだったが、受付けから電話がかかってきた。ノートPCの画面から顔を起こして時刻を確認する。夕方の五時前だった。

「おっと。もうこんな時間か」

 電話は、いつもチップを渡している男のスタッフからだった。

「ゴパル先生。そろそろレストランへ来てください。カルパナ様もちょうど来ましたよ」


 急いで汗を流してから長袖シャツに着替える。今回も試食という事なので、レストランではなく隣の会議室へ向かった。

 ロビーでチヤ休憩をして寛いでいるカルパナに合掌して挨拶をする。

「お待たせしました。服を新調したんですね、よく似合っていますよ」

 カルパナがソファーから立ち上がって、同じように合掌して挨拶を返した。自身のサリー姿に照れている。

「そうですか? サリーは着慣れていないのですが……弟やブミカさんが着ろとうるさくて」

 サリーは一般に既婚者が着る服装だ。カルパナの場合は野良着姿が基本なので、こういった動きにくい服装は苦手なのだろう。和服の着物よりは遥かに動きやすいのだが、足のくるぶし下まで服の裾が下りているので、足が絡みやすい様子である。

 ちなみにゴパルは、長袖シャツとジーンズではないズボンに革靴で地味な服装だ。ネクタイは当然のように締めていない。


 会議室からサビーナが顔を出した。彼女はいつものコックコート姿である。

「およよ。似合ってるじゃないの、カルちゃん。準備ができたよ。部屋へ入った入った」

 ギリラズ給仕長は風邪をひいてしまったらしく、今回はサビーナが給仕も兼任するという話だった。

 ゴパルが不安そうな表情になって聞く。

「今日も、レストランの方は忙しいんですよね。私達の試食に付きあって大丈夫ですか?」

 ニッコリ笑って、ゴパルの背中をバンバン叩くサビーナである。やはり咳き込むゴパルだ。

「問題ないわよ。今晩のディナー予約は夜に二組だから、それまでに試食を終わらせればいいし。オフシーズンで良かったわね」


 テーブルクロスを敷いたテーブルが一つ用意されていて、強化プラスチック製の軽いイスに腰かけるゴパルとカルパナだ。サビーナからナプキンを受け取り、背筋を伸ばす。

「それでも、あんまりゆっくりと食べない方が良さそうですね。では、試食を始めましょう、サビーナさんお願いします」

「ほいきた」


 サビーナが機嫌よく給仕に指令を出した。最初にサラダが運ばれてくる。

 同時にバクタプール酒造産の赤ワインを、ゴパルとカルパナのグラスに注いで回るサビーナだ。もうすっかり定番のワインになっている。ちゃっかり自身のグラスにも注いで、さらにイスを引っ張って来て、カルパナの隣に座った。

「ロビーの様子を見てたけど、夫婦なのに合掌して挨拶って……何考えてんのカルちゃん」

 耳の先を赤くして目を逸らすカルパナだ。

「いやその……つい、癖というか何というか。あはは……」

 ゴパルも目が泳いでいる。

「もう、完全に習慣になってしまってるんですよ。こうしないと、違和感を凄く感じてしまって」

 ジト目になりながら、呆れ顔で笑うサビーナである。

「まったく……ブミカさんとナビンラズ君の夫婦を見て、真似すれば良いだけでしょ」

 カルパナが軽く涙目になって、両手をバタバタさせた。

「すぐには無理だって~……」


 ニヤニヤ笑うサビーナだったが、今度はゴパルに顔を向けた。

「ゴパル君。麦ワラのマッシュルーム栽培を始めたんだってね。上手くいくように私も神様に祈っておくわ」

 ようやくゴパルの目の焦点が定まって、サビーナに顔を向けた。専門分野が関わると冷静になるようである。

「今回は自家製の化学肥料も使っています。私もどんな生育をみせるか楽しみにしていますよ」


 カルパナが涙目を拭いてサビーナに質問した。

「でも、麦ワラと馬糞厩肥にこだわってるけど、どうして?」

 サビーナがキョトンとしてから答えた。

「あれ? 話してなかったっけ。欧州では、マッシュルームって馬糞厩肥と麦ワラで栽培するのが伝統なのよ。風味は稲ワラ栽培とあんまり変わらないけどね」

 カルパナが手を合わせて納得した。

「そうなんだ。マッシュルーム栽培って首都でも盛んだものね。欧州の伝統に沿ってると宣伝するのか」

 ゴパルも静かに同意した。首都では麦ワラや大豆稈ではなくて、稲ワラを使った厩肥を使用している農家が多い。

「ラメシュ君の話ですと、麦ワラ栽培の専用品種もあるそうです。今回は取り寄せる事ができませんでしたが。国産化もまだされていないので、しばらくは通常のマッシュルーム品種で栽培してみましょう」


 サラダはリヨン風で、カリカリに炒めたベーコンが使ってあった。ゴパルが食べて、感心した表情になる。

「お。豚臭さが気になりませんよ。これってレカナートの養豚団地産ですよね」

 サビーナが苦笑気味に笑って、赤ワインを飲んだ。

「何とか及第点に達したから試食で使ってみたのよ。ピザ屋とかだったら、もうこれで十分に使える出来栄えなんだけどね。なるほど、ゴパル山羊は文句を言わずに食べるか。ふむふむ」

 カルパナもニコニコしながら食べている。

「私も気にならないな。良いベーコンになってるよ。豚肉だから、パメの家では巡礼客向けに出せないけど」

 サビーナも給仕に指示して、サラダを一皿持ってこさせた。これは本当に試食用で少量だ。

 すぐに全部パクリと食べて、軽く首を振る。特に否定的な首振りにはなっていないが、肯定的でもない。

「まあ、そんな所よね。ヒンズー教徒の客には、給仕がちゃんと説明するように言っておくか」


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