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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
ラブコメだとこういうのは必要だよね編
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結婚式

 祭壇は寺院正面の石畳の前庭に設けられているのだが、護摩焚きのようなセットが組まれている。それに隠者が火をつけ、司祭パンディットであるナビンラズと共にサンスクリット語で祝詞を歌い始めた。

 ゴパルはある程度サンスクリット語を解するのだが、それでも半分程度の理解に留まっているようだ。一方のレカは満足そうにうなずいている。

「やるじゃんー、ナビンのガキー。カルちゃんとサビっちに引きずられて、ピーピー泣いてたのに立派になってー」

 歌詞の内容は、土地神のドゥルガ神とその化身のバドラカーリー神への賛歌だと説明するレカだ。他には結婚に関わる文章が書かれているヴェーダからの引用らしい。素直に感心しているゴパルとディーパク助手である。

 レカが呆れ顔になって、ゴパルの背中を押した。ついでにローキックも食らわせる。

「ぼーっと突っ立ってないでさー、祭壇へ行けー、新郎だろー」

「あ。そうでした」


 ゴパルが祭壇へ行くと、寺院事務所から花嫁衣装に身を包んだカルパナが出てきた。カルナと女児三人組が付き添って目をキラキラさせている。

 ゴパルも見とれてしまったようだ。完全に棒立ちになっている。

「ひゃあ……凄く美しいですよ、カルパナさん」

 カルナがジト目になって睨みつけた。

「……山羊先生。もっとちゃんと褒めなさいよ。なに、その、ありふれた言葉」

 女児三人組もカルナの手下となって、一緒にゴパルを冷やかし始める。

「ちゃんとほめろー」

「てれるなー」

「きゃはははは」

 両目を閉じずにカルパナを見つめたままで頭をかくゴパルだ。

「ですね。今日のカルパナさんの姿を目に焼きつけました。大学の助手なんかには、もったいない美しさですよ」


 ヒンズー教の花嫁衣裳は、サリー姿で頭に薄いベールをかける。衣装全体は赤い生地を使い、金銀糸の刺繍が施されている。手首や足首、それに首元には金製の装飾が光っていて、かなり豪華な印象だ。大きなイヤリングも金製で目立つ。

 髪型は額の中央で左右に分け、手足の爪には赤いマニキュアを塗っている。サンダルも豪華で、しずしずと歩いてきた。

 そんなカルパナが顔を真っ赤にして照れている。

「あ……あんまり見ないてくださいね。本当に着慣れていないんですよ。気を抜くと、つまづいて転んでしまいそうになるんです」

 ナビンラズが笑いを必死で押し殺しながら、努めて平静な口調で告げた。

「裾は足の甲までにしてますから転びませんよ、姉さん。しかし、馬子にも衣裳……ゴホンゴホン。ええと、それでは式を執り行います」


 祭壇の前にゴパルが座り、彼の左隣にカルパナが座る。ちなみに二人ともあぐらだ。

 最初にカルパナの父親が娘の手を握り、続いてゴパルの額に赤い色粉で結婚式用のティカをつけて祝福する。

 カルパナの父親がいったん退いてから、カルパナとゴパルが互いにマリーゴールドの花輪を首にかけあう。その上からそれぞれの肩に薄いスカーフをかけた。


挿絵(By みてみん)

 

 ナビンラズがスカーフを整えて、新郎新婦の腕に赤い糸を巻きつけた。その糸をゴパルとカルパナがそれぞれちぎって、より合わせて一本の太い紐にし、二人のスカーフを結びあわせる。

 新郎新婦が立ち上がり、カルパナの後ろにゴパルが移動する。そうしてから、護摩焚きの祭壇を時計回りに回る。最初の六回はカルパナが先導して、最後の一回はゴパルが先導する。計七回になるのだが、曜日とは関係ない。


 普通は、その前に米を護摩焚きの火にくべたり、新郎と新婦側にそれぞれ贈り物を渡したり、マンゴーの実を両手で持ったり、ヨーグルトを互いに食べさせあったり、司祭からの有り難い説教を受けたり、お菓子を食べ合ったり、新郎が食べたご飯を花嫁が続いて食べたりするのだが、全て省略している。

 カルパナが明日の農作業に支障が出ると難色を示したので、手の平に描くメヘンディーもなしだ。


 それが終わると、赤い色粉をゴパルがカルパナの額に付ける。髪の生え際から髪の中へ少し入った所まで、短くて赤い一本線ができた。結婚式用のティカだ。

 カルパナがゴパルからティカをつけてもらいながら、肩をピクピクさせた。

「く、くすぐったいですね。これ」

 ゴパルが微笑んだ。

「だと思います。私も緊張し過ぎて何が何やら……少し目が回ってますよ」


 次に寺院への階段を上る。寺院の中に入って本尊に礼拝し、供物を捧げる。寺院内部は数名しか入れないほど狭いので、礼拝後はすぐに寺院の外に出てきた。

 最後に司祭と隠者、それに二人の両親の足先に手を触れる。この時は既婚者という扱いになるため、ゴパルの右隣にカルパナが立つ。

 ラビンラズと隠者が祝福の言葉をかけて、鐘を控えめに鳴らして結婚式が終了した。ナビンラズがニコニコしながらカルパナに微笑みかける。

「必要最小限度しかしてないけれど、結婚おめでとう、姉さん。末永く幸せにね。それと、仕事はほどほどに。結婚式をここまで短縮した人は、姉さんだけだよ」

 隠者も鋭い眼光を和らげた。

「超絶に簡略だったが良い式だったぞ。バドラカーリー女神が持つ聖槍の加護も得られるだろう。この後は食事会だ。しっかり食っておけ。この仕事中毒どもめ」

 この寺院は、丘の上に聖槍が埋まったという伝説に基づいて建立されている。槍の現物はないが。

 通常の結婚式では、さらにこの後、花吹雪や米粒のシャワーを参観者から浴びたり、踊ったり、花嫁が手料理を婿側の親に食べさせたり、楽団の演奏会が始まるのだが、これらも全て省略している。


 ゴパルとカルパナがほっとした表情になった。カルパナがやっと穏やかな笑みを浮かべて、ナビンラズと隠者に礼を述べる。

「ありがとうございました、隠者さま。ナビンは後で覚えてなさいよ。笑いをこらえてたでしょ、もう」

 ゴパルも二人に礼を述べた。

「おかげさまで、無事に式を終える事ができました。ありがとうございました。ほっとすると、お腹が減りますね、ははは」


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