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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
ラブコメだとこういうのは必要だよね編
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結婚式の寺院で その一

 この小説ではラブコメは申し訳程度だったのですが、やはり書いた方が良いですよね。と、いう事で結婚式の様子です。

 とはいうものの、こんな二人ですので式は超絶簡略化されています。普通は一晩まるまるかけて行うのですが。

 ヒンズー教の結婚式は地域によって多様だ。ここポカラのバッタライ家では、伝統的なバフン衣装を着ての挙式になる。

 とはいえ、新郎のゴパルは酒飲み階級のスヌワール族なので、この衣装は着る事ができない。そのため、一般的なネパール人の正装での参加になった。

 ネパール政府の閣僚や官吏が公式の場で着る衣装に準じている。白い前合わせのシャツに白いズボンを履き、黒い帯を締める。シャツには襟がなく、右前で首元までピッタリと閉じ合わせる。スーツ型の黒いジャケットを羽織り、黒い革靴を履いて、頭に黒いトピ帽を被れば完成だ。

 なお、公式の場ではヒゲを剃るのが望ましい。また、スーツは左前合わせだったりする。


 結婚式はポカラの北東にあるバドラカーリー寺院で執り行う事になっていた。この寺院は低い丘の上にあり、こじんまりとしている。寺院も小さい。しかし、結婚式を挙げる場所として人気だ。

 時期はマンシール月の第三週、西暦太陽暦では十二月第一週の晴れた午後である。良い天気なので少し暑い。そのため、結婚式の開始時刻を夕方にしている。


 その寺院の前庭は、バッタライ家とスヌワール家の参加者で賑わっていた。カブレ町の親戚達も多く参加していて、ポカラ観光の感想で盛り上がっている様子だ。やはり、ゴパル母と親戚達の仲は悪いままのようだが。

 そのゴパル母が、緊張でガチガチに固まっているゴパルを呆れ顔で説教していた。

「ゴパル。次男坊なんだから、緊張しなくて構わないのよ。この寺院で結婚式して、それで終わりなんだし」

 ヒンズー教では最初に花婿側、続いて花嫁側の家で結婚式をする事が一般的だ。そのため少なくとも二日間は必要になる。今回はゴパル母からの申し出で、花嫁側のポカラだけで行う事になっていた。


 ゴパルが両目を閉じて頭をかく。

「私も低温蔵での仕事が溜まってるから、ポカラだけで結婚式をするのは助かるけどね……スヌワール家の親戚とか怒ってない?」

 ドヤ顔になるゴパル母だ。挨拶まわりしているゴパル父と兄のケダルを呼び寄せながら胸を張る。

「ポカラの有力一族とコネができるんだから、全然問題ないわよ。文句言ってる叔父叔母は無視無視。連中は父さんと兄ちゃんの事業にも、いまだに文句を言い続けてるんだから、説得なんか無駄なのよ」

 ゴパル父も素直にうなずいている。彼の服装もゴパルに準じた正装だ。

「そのカブレ町からも、結構大勢の親戚が駆けつけてくれたからな。それだけで十分だよ」

 兄のケダルもニンマリと笑って同意している。彼は普通のスーツ姿で、明らかに商談しに来ているとしか見えない。ネクタイは締めていないが。

「バッタライ家やタパ家って首都にも大勢住んでるんだ。賃貸住宅や建売住宅の需要が大きいんだよ。ゴパル、良い商談を持ち込んでくれて感謝するぜ」


 ゴパルが軽いジト目になった。

「私を餌にして商売してるとしか聞こえませんよ、兄さん」

 キョトンとするケダルだ。

「何言ってんだ。その通りだろうが」

 ゴパル父と母もゴパルに呆れ顔を向けている。

「家を継ぐわけじゃなし、バッタライ家に入るでもなし。ただの中途半端な分家になるんだから、そんなもんだろ。何を言ってるんだゴパル」

「私達がポカラへ遊びに行く時に宿代が安く済むくらいしか、スヌワール家に利益はないわね。気楽に考えなさい、ゴパル」

 両目を閉じるゴパルだ。

「……そんなだから、スヌワール族って警戒されるんですよ」

 スヌワールは民族名でもあるのだが、家名でもある。グルン族やマガール族と同じだ。


 そこへカルパナの両親が笑顔でやって来た。彼らはバフン衣装である。ゴパルの両親に合掌して挨拶を交わす。

「ようこそポカラへ。このたびは、行き遅れの娘をめとってくれて感謝していますよ。今後は首都やカブレ町との繋がりが強固になりますね。喜ばしい事です」

 そう言って、早くも首都やポカラでの商談が始まった。ポカラも首都ほどではないが、人口が増え続けているためアパートや建売住宅の需要が大きいらしい。


 新郎のゴパルが商談の輪から当然のように外された。クシュ教授がニヤニヤ笑いながらゴパルの肩を叩く。彼もスーツ姿なのだが、やはりネクタイは締めていない。

「我々学研の徒には、縁がない話だな。結婚おめでとう、ゴパル助手」

 腑に落ちないような表情を浮かべているゴパルだ。

「バングラ出張は控えてくださいよ、クシュ教授。首都でも仕事が溜まっているって、ラメシュ君達がボヤいていましたよ」

 それには答えずに、仕事の話を始める。

「ブータンのプナカで面白い乳酸菌が見つかったと、現地のサムテンドルジ君とモリ氏から知らせが入ってね。馬乳がチーズ状に固まったそうなんだよ。これはぜひ見る必要があるとは思わないかね?」

 ジト目になるゴパルだ。

「ブータン出張まで加えると、低温蔵の仕事ができなくなってしまいます」

 ニッコリと笑うクシュ教授である。

「農学部生を何人か引き込めそうなんだよ。人手不足は解消する予定だから安心しなさい」


 そこへラメシュとスルヤ、ダナの三人がジト目になりながらやって来た。彼らも今日はスーツ姿で、律儀にネクタイを締めている。

 ラメシュがゴパルへの挨拶もそこそこにして、クシュ教授に視線を投げた。

「クシュ教授。学部生をこき使うのは止めてくださいよ。もう悪評が立っているんですからね」

 そうだそうだ、とラメシュ博士の後ろでシュプレヒコールみたいな動きをしているダナとスルヤを見てから、ゴパルが呆れ顔をクシュ教授に向けた。

「……何をやらかしたんですか、クシュ教授」


 それにも答えずに、援軍を呼び寄せるクシュ教授だ。近くに居た育種学研究室のゴビンダ教授とラビ助手、それにポカラ工業大学のスルヤ教授とディーパク助手を味方につける。ディーパク助手にはレカもくっついていた。

「学究のためには、多少の犠牲や苦労はつきものだよ、ゴパル助手。ミカン復活事業が順調でね、いよいよ農家への普及段階になったそうだよ。苗木をドローンで運ぶ事も併せて行う予定だ」

 ドヤ顔になるゴビンダ教授とラビ助手である。自慢話を始めたので、ディーパク助手がゴパルの手を引いた。

「ゴパルさん。私の結婚式の時に参加してくれて、ありがとうございました。酔っぱらってあまり覚えていないんですよ、ははは……」


 ネワール族の結婚式では蒸留酒が出る。米の蒸留酒だが、日本の米焼酎とは違って甘い香りがして後味もすっきりしている酒だ。

 ちなみに、普段は口をつけていない食べ残しのご飯を醸造して、チャンにしたものを飲んでいる。バフンやチェトリ階級では捨てたり山羊の餌にする。グルン族やマガール族では豚の餌にしている。インド圏や中華圏では、冷めたご飯は食べないのが習慣だ。

 さらに余談だが、ネワール族では雑穀を食べるのを知られたくない人が多い。貧しい家ではシコクビエのような雑穀を食べているのだが、家の外では米を食べていると主張する……というような感じだ。そのためネワール族の蔑称は『稗飯食い』だったりする。


 ゴパルが当時を思い出しながら笑った。まだ緊張しているままなので、かなりぎこちない笑みになっているが。

「私も飲み過ぎて、あの後でカルパナさんに怒られてしまいました。酒飲み階級ですけど、ほどほどに飲まないといけませんね」

 レカがニマニマ笑いを受かべて、ゴパルに肘打ちした。スマホ盾を装備しているのだが、ゴパルには向けていない。

「あの酒は上等なんだぞー。ガブ飲み用じゃないー。カルちゃんに怒られて正解だ、ばかー」

 頭をかいて恐縮するゴパルである。

「ハワス、レカさん」


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