新月の夜
シャムが真っ暗な外をランプを頼りに歩いて、少し離れた農家へ歩いていった。既に宴会が始まっているようで、マガール語の歌が聞こえてくる。
彼を見送ったゴパルが、前庭を囲んでいる膝くらいの高さの石垣に座った。カルパナも隣に座る。
カルパナがスマホで親にチャット文を送ってから、一息ついた。スマホ画面の明かりでカルパナの手元が明るい。
「そういえば、今夜は新月でした。半月ずらせば満月なので、その頃に来れば良かったかな」
ゴパルがスマホを操作して報告書を書きながら、夜空を見上げた。乾期なので見事な星空が広がっている。
「半月後はダサイン大祭の後なので、色々と疲れていると思いますよ。星明りだけの空も良いものです」
カルパナも次々にチャット文を書いて送っている。今はサビーナとレカ宛てのようだ。その手を休めてゴパルに聞いた。
「鳩タワーの提案ですが、妙案かも知れませんね。バルシヤ社長さんも関心を示してくれました」
ゴパルが報告書を書きながら照れた。真っ暗なので分かりにくいが。
「実は、コーヒーについて色々と調べている時に、インドの研究報告書を見つけたんですよ。森の中でコーヒー栽培をしている農園では、野生の鳩やインコの種類が多いと書いてありました。コーヒーの果実を食べているそうなんですけどね」
カルパナがチャットを終えて、スマホをポケットに入れた。
「甘かったですしね、コーヒーの果実。野鳥が好むのは分かります」
ゴパルが報告書を書き上げて送信した。一息つく。
「よし、送信完了……と。すいませんでした。この報告書は低温蔵の活動記録です。毎週一回出さないといけないのですが、サボっていまして」
クスクス笑うカルパナだ。
「そうだったんですか。今日の活動を記しているのだと思っていました」
ゴパルがスマホをポケットに突っ込んで、軽く肩をすくめた。
「クシュ教授はそこまで鬼ではありませんよ。ジヌーの新規実験とか、他にも色々と書かないといけないのですが、バッテリーが切れそうです。充電するのを忘れていました」
さすがにシャムの家の蓄電池から電気を拝借するというのは、気が引けるようである。
話題がなくなって数秒間ほど沈黙する二人だ。目を若干グルグルさせながら、カルパナがポンと手を軽く叩いた。
「そ、そうだ。ジヌーでシイタケほだ木栽培の実験を始めたと、カルナちゃんから聞きましたよ。川沿いだと気温が低いみたいですね」
ゴパルが肯定的に首を振った。彼も目がグルグル状態である。
「は、はい。雨期は終わりましたが、突然の雨で洪水の危険性もあるので、場所選びに少し苦労しました。冬の間は、モヤシ栽培をする予定ですよ。温泉を引いているので温度管理がしやすいみたいです」
カルパナが少し困ったような笑顔を浮かべた。
「モヤシですか……サビちゃんの話ですと、病原菌汚染が心配ですね。くれぐれも生では食べないようにしてください」
素直にうなずくゴパルだ。今は二人ともスマホを使っていないので、夜の闇の中でひっそりと石垣の上に座っている。
「了解です。簡易ですが病原菌の検査を義務づけるようにしますね」
そう答えてからコホンと小さく咳払いをした。
「ベッドですが、カルパナさんが使ってください。私は寝袋に入って床で転がっています」
カルパナがコパルに近づいて肩を寄せた。
「こうして一つの寝袋に一緒に入れば、ベッドから転げ落ちる心配は無用になりますよ」
そうやっても、二人が同じ方向へ転がればベッドから落ちてしまうのだが……ここは素直に提案を受け入れる事にしたゴパルであった。
カルパナの肩に腕を回して抱き寄せる。その手が緊張で震えているのが、ゴパル本人にもカルパナにも丸分かりだ。
「一緒に寝袋に入ると、緊張して眠れなくなりそうですが……喜んで了解します。牛糞山羊でクズ野菜の私ですが、悪さはしませんのでご安心ください」
クスクス笑うカルパナだ。シャム達が宴会をして騒いでいる家の方へ視線を向けた。
「では、お酒を少しだけ飲んでいきましょう。マガール族が仕込むお酒って、グルン族やネワール族とはまた少し違うんですよ。飲んだ方が寝つきも良くなるはずですし」




