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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
南の島へ行ってきた編
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サイパットリまたは月への道

 その後は、窓から作業風景を眺めながら、支配人の話を聞く事になったゴパルであった。

 宇宙では放射線が降り注いでいるため、基本的には人工知能を搭載したロボットが作業をする事になる。そのロボットも今回のように一斉に壊れてしまう場合があるので、今後の課題になっているそうだ。

 宇宙エレベータは、人工衛星を宇宙に運んだり地上へ下ろしたりするのが当面の役割になる。同時に太陽光と温度差を利用した発電所も建設中だ。インド亜大陸で必要となる電力をこれと、インド国内で次々に建設されている核融合発電所とでまかなう計画らしい。核融合発電所では安定した発電が望めるヘリカル方式を採用している。

 太陽光と温度差を使った発電所は、将来的には月面やラグランジュ点と呼ばれている宇宙空間の場所に巨大なスケールで展開するらしいのだが……ゴパル達が生きている間に完成する事はないという事だった。


 支配人が窓の外の作業風景を見つめながら話を続けた。

「精密機械って宇宙では壊れやすいですからねえ。でも、光を使った量子回路の量産がそろそろ本格化しますので、それを使うようになればかなり軽減されると思います」

 そう言われても専門外なのでよく理解できていない様子のゴパルだが。

 光は中性で帯電していないので、周囲の環境からの影響を受けにくい性質がある。これを量子もつれという状態にして、扱いやすいように工夫すれば量子回路に使える……らしい。


 この他の主な目的としては、月面都市の建設やヘリウム、リチウム等の採掘所建設の支援がある。ここでも基本的にはロボットが作業するようだ。

「今は月面に掘っ建て小屋がいくつか建っているだけですけどね。レゴリスという微細な粉塵が月面を覆っているので、ロボットや建設機械の故障が頻発しています」

 しかもレゴリスは帯電しているので、作業中は常時感電しているような状態らしい。なるほど、と軽く腕を組むゴパルだ。

「宇宙開発って大変なんですね」


 月は地球よりも比重が軽いため、希土類や重金属の埋蔵量は少ない。そのため比重の軽いヘリウムやリチウム、軽金属といった資源が注目されている。重金属や希土類については、小惑星からの採掘を模索しているらしい。

 支配人が軽く肩をすくめて笑った。

「ですが、どの小惑星にどんな資源があるのか、まだよく調べられていないんですよ。資源地図を作る所から始めないといけませんね」

 地球に近い小惑星へ探査機を飛ばしても、片道一年以上かかる。火星と木星の間にある小惑星帯まで行くには、もっとかかる。

 今のところ商業的な儲けは期待できないだろう。あるとすれば、プラチナやレアメタルのような高い価値がある資源が多く埋まっている小惑星だけだろうか。探すのに難儀しそうだが。


 火星への移住計画もあるにはあるのだが、宇宙船の中では太陽風の放射線を受ける事になりどうしても被曝してしまう。

 地球から火星まで往復した場合、予想される被曝量は660ミリシーベルトに達する。火星に到着しても、地表に放射線が降り注いでいるため被曝し続ける状況だ。

 一般的には、年間の被曝量は1ミリシーベルト以下が望ましい。そのため、これもロボットが主役になる予定だと話してくれた。


 ゴパルが素直に納得する。

「さらなる素材開発と技術革新に期待……という現状ですね。人が宇宙船の中で被曝しないようになれば、月や火星へ行くのも現実味を帯びるのかな」

 ゴパル本人は、月旅行にはあまり興味がない様子だが。まあ、菌の採集旅行に行くには不適な環境だろう。火星は遠すぎる。


 そんな訳で、現状では人工衛星の運搬回収ビジネスが主な事業になる。

 ゴパルがよく使っているスマホでのテレビ電話やデータ通信も、インドの準天頂衛星群のサービスによるものだ。位置情報も今ではかなり正確になってきているため、ドローン輸送での墜落事故も減ってきていた。


 そのような話をすると、支配人が穏やかに微笑んだ。

「恩恵を受ける人が増えると、我々アッド市民としても嬉しいですね。礼拝所には聖職者が常駐しているのですが、彼にも後で知らせておきますよ」

 イスラム教に限らず多くの宗教では、礼拝時に聖職者が説教をする事が一般的だ。その説教だが、最近のネタは天から降り注ぐ淡水にまつわる話が多いらしい。

 宇宙エレベータのケーブルで使われている素材が高い熱伝導性を有しているため、熱帯の熱エネルギーを宇宙空間へ放出している。そのためケーブルと周囲の気温が下がり、大気中の水蒸気が凝結して雨雲に変わってしまうのだ。

「宇宙エレベータが本格稼働すると、大量の雨が一年中降り続けるようになります。アッド環礁湖が淡水湖に変わるそうですよ」

 季節風の影響で雨雲が流されていくため、実際には毎日豪雨になる事にはならないそうだが、それでも環礁湖が淡水化してしまうのは確実らしい。


 ゴパルが感心して聞く。

「環礁湖ですが、かなり巨大ですよね。アッド市が水の都になるんですか……壮大だなあ」

 そのため環礁湖にあるサンゴ礁や魚等を、別の環礁湖へ移動し始めたと話す支配人だ。

「淡水湖になった際には、淡水魚の養殖も考えていますが……淡水パイプラインを引いて、モルディブ全ての居住島へ水道を提供する事になっています。ついでにインドにも淡水を輸出する計画ですよ」


 同時に宇宙エレベータで発電された電気も送る予定だ。これもケーブルの良好な熱伝導性を利用した温度差発電と、太陽光による発電である。

 ひたすら感心するゴパル。

「水と電気がほぼタダで提供されるんですか……色々な事業が興りそうですね」

 支配人が苦笑した。

「企画書が大量に届いていまして、見るだけでも一苦労ですね。今検討しているのは海洋牧場です。海洋汚染が年々深刻化していますからね。モルディブの水産業を守るための一助になれば良いのですが」

 ゴパルが頭をかいて肯定的に首を振った。

「KLも役に立てば嬉しいですね」


 支配人がスマホで時刻を確認した。深いシワが刻まれている頬を緩ませる。

「そろそろ食事にしましょうか。せっかくですので、私の家で食べていってくださいな。ミニダコの香辛料煮込みを用意しています。ご飯はインド米ですけどね」

 ちなみにこのタコも養殖モノだという話だった。ゴパルが即答する。

「楽しみです。ネパールに居るとタコを食べる機会が少ないんですよ」


 塔の外に出てアッド市へ戻る作業船に乗り込むと、本格的な雨が降り始めた。急いで船の中で雨宿りするゴパルと支配人である。ゴパルが水平線に視線を転じて感心した。

「本当に環礁湖の中だけで降っているんですね。水平線の辺りはよく晴れていますよ」

 支配人は乗船している知人達とイスラム式の挨拶を交わしていたが、ゴパルに同意した。

「時々雷雲に成長して落雷が起きますので、注意が必要ですけれどね。観光資源としても興味深い現象だと思いますよ」

 ゴパルが本降りになった雨空を見上げて頭をかいた。

(雨かあ。あ……クマリ様ゆかりの寺院へお参りするのをサボってた)

 ネパール首都の生神クマリは雨に縁がある。


 その後、スリランカとモルディブ出張からネパールへ帰国したゴパルだったが、土産物はまだ家に届いていなかった。

 ゴパル母がジト目になって呆れながら、居間でチヤをすすっている。

「土産を持たずに帰国するなんて、いい度胸だわね。ゴパル」

 恐縮しきりのゴパルだ。背を丸めてチヤをすすっている。

「すいません、かあさん。安いサービスを選んだのが失敗でした」

 恐らくは船便を使う宅配サービスだったのだろう。海が荒れると船が出港できなくなる。



 インドネシアのシトゥガル宇宙エレベータですが、アンナプルナ小鳩の初期構想ではここを舞台にした話を考えていました。

 残念ながら作者が現地へ行った経験がないので、話を膨らませる事ができず断念した経緯があります。今回、その初期構想を生かす事ができました。

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