ガン島
翌日プロペラ機に乗り、ゴパルがモルディブのガン島国際空港へ到着した。さすがにイスラム教の国なので、持ち物検査では酒類が没収になる規則だ。
(こうなるだろうと聞いてたから、お土産を先にネパールへ送っておいて正解だったな)
ネパールへの土産には、アラックと呼ばれるスリランカ産の蒸留酒も含まれていた。もちろん、クシュ教授や民宿のオヤジどもへの土産である。
ガン島はモルディブの最南端に位置するアッド環礁にある島だ。ガン島そのものが空港島として整備されている。このガン島に接続する形で、アッド環礁の行政区であるアッド市が広がっている。
環礁という名の通り、小島が円形に連なっている地形で、中央には巨大な環礁湖がある。湖といっても周囲のインド外洋から海水が行き来しているので塩辛い。
ゴパルが乗った飛行機では通路側の席だったので、外の様子がよく見えなかった。そのため、空港に降りてから風景を見て驚いている。
ほとんど起伏の無い平たい島ばかりで、石灰岩の地質のせいか高い建物も見当たらない。温暖化による海水面上昇と高潮の頻発のせいで、防波堤がぐるりと展開されていた。とはいえ、その高さは数メートル程度だが。環礁湖もよく見えていて、その中央に巨大な塔が建設されていた。
既に小型の宇宙エレベータが稼働しているようである。数本あるレールによってエレベータの箱が天空高くへ上っていき、また天空から下りてきている。環礁湖にも多くのクレーン船が浮かんでいて、何やら作業をしている。
上りのエレベータを見送ったゴパルが感嘆した。
「はええ……凄い施設を造ったものだなあ」
空港の外には客引きが群がっていたのだが、乞食の姿が見当たらないので感心するゴパルである。
(これだけの事業があるから、仕事には困らないんだろうな)
客引きのあしらいには慣れているので、引ったくりやケンカに遭う事を回避していく。その群衆の中に迎えの人が見えたので手を振った。相手はイスラム教徒なのでヒンズー式の挨拶は控えている。
「こんにちは、初めまして。ネパールから来たゴパル・スヌワールと申します。暑い中、迎えに来てくださって、ありがとうございます」
ここは赤道直下なので年中真夏である。
ホテルマンらしい堂々とした身なりの初老の男が、イスラム式の挨拶をして微笑んだ。
右手で相手の手の指に触れて、自身の心臓付近に右手を戻し、軽く会釈する。西欧式の握手のように、ガッチリと手を握る事はしない挨拶だ。
「アッドアトール・リゾートホテルの支配人を務めているアブドゥラ・シャラフッディンです。ようこそアッド市へ」
送迎車に乗り、他の観光客との相乗りでホテルへ向かった。とはいえ小さな島が連なっているので、すぐに到着する。
アッド市の市役所がある街の郊外に位置するホテルで、街の繁華街へも歩いて行ける距離だ。街は建設ラッシュで大いに賑わっていた。道に石灰岩を使っているせいか、街全体が白くてまぶしく感じられる。
(はええ……過疎化で悩んでいるアンナプルナ街道とは大違いだな。人はほとんどがイスラム教徒なんだね)
白いツバ無し帽子を被り、ゆったりとした裁断の伝統服を着ている人が多い。シャツにジーンズの服装をしている人も居るが、彼らは出稼ぎだろう。女性は例外なく髪と腕、足を見せない衣装である。




