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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
南の島へ行ってきた編
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ビストロで食事

 そう言った割には顔馴染みのようで、給仕長が親し気にラマナヤカと挨拶を交わしている。シンハラ語なのでゴパルには理解できないのだが、よく利用している店なんだろうなと想像する。

(ホテルの副支配人だしね。外国の客をもてなす機会が多いんだろうなあ)

 予約席に案内されると、日没間もないインド洋の景色が目に飛び込んできた。ネパールでは見る事のできない水平線のある景色に圧倒されながら、席に座る。

「ひゃあ……素晴らしい夕日ですね。これを見るだけでも、ベントタに来た価値があります」

 当のラマナヤカは見慣れている様子だが、ニッコリと微笑んだ。

「スリランカは雨が多いので、意外と夕日を見る機会に恵まれないんですよ。運が良かったですね」


 料理とワインの注文はラマナヤカに一任するゴパルである。申し訳なさそうに頭をかいた。

「魚料理って、欧米の懇親会でもあまり出てこないんですよ。ですので、お任せします」

「分かりました。最初は発泡ワインにしましょうか。その後で白ワインに移りましょう。インド産になりますが、それで構いませんか?」

 即答するゴパルだ。

「それでお願いします。気楽に飲める銘柄でお願いします。高級なワインですと、どうも緊張してしまうんですよ」

 鳩料理で出てきた高級ワインが軽いトラウマになっているようだ。


 前菜はヤシの芽のサラダだった。興味津々の表情でサラダを眺めるゴパルである。

「欧州では何度か食べた事があるのですが、スリランカのヤシの芽は大きいですね。堂々としていますよ」

 給仕が微笑みながら穏やかな英語で料理の説明を簡単にしてくれた。本来は砂糖をとる品種なのだが、このヤシの芽は樹液を抜いているので甘くないらしい。

 ヤシの芽は直径一センチ、長さ八センチほどの円筒形で、しっかりと茹でてある。それを氷水で冷やしてあった。

 ゴパルがスプーンとフォークを使ってヤシの芽を切ると、手応えがない。かなり柔らかく茹でているようである。ソースはビネグレとピーナツの二種類あるのだが、まずはビネグレソースに浸けてみる。


 早速、一切れ口に入れたゴパルが、垂れ目をキラキラさせた。

「見た目はアスパラガスみたいですが、ほのかにヤシの風味がしますね。冷たくて酸っぱいのも、熱帯で食べるには嬉しいものです」

 ラマナヤカも食べ始めて、穏やかにうなずいた。彼はナイフとフォークを使っている。

「元々は、アスパラガスの代用品として食べていたんですけれどね。これはこれで楽しめます」

 ナウダンダで栽培している西洋ネギも野菜料理として食べる事があるのだが、これもアスパラガスの代用品として使われたりする。それだけ欧米人はアスパラガスが好きなのだろう。

 ビストロ店内には欧米からの観光客の姿も多くみられていた。ヤシの芽のサラダを注文している人が結構多い印象だ。


 続いてパスタ料理が運ばれてきた。給仕が英語で料理の紹介をする。

「イセエビのパスタです」

 養殖モノのイセエビという事だったが、気にしないゴパルだ。

「海洋汚染とか温暖化で海水温が上がってますからね。こういう状況ですと、きちんと管理された養殖モノの方が安心できます」

 ラマナヤカがいたずらっぽく微笑んだ。

「味の方は、天然モノのイセエビが上ですけれどね。イセエビの養殖は収穫まで数年ほどかかりますので、苦労していると聞きます」

 今回ゴパルが撮影記録して回ったエビ養殖場では、収穫まで最短で三か月ほどだ。ブラックタイガーのようなやや高級なエビの場合は半年間ほどになる。

 ただ、他の養殖魚と比較すると数年間というのは標準的だ。クエやタイ、ヒラメ等ではそのくらいの期間がかかる。


 ゴパルがラマナヤカの話を聞きながら素直にうなずいた。内心ではイセエビの養殖でもKLを使うのかな、とヒヤヒヤしているようだが。

「生き物が相手ですから難しいですよね。しかし大きなイセエビですね。半割りなのに皿いっぱいですよ」

 イセエビを縦に半分に割り、それを炒めてからフランベしてある。その後で、エビの身のペーストとミント、魚介のスープ、中玉トマトを加えてさらに炒め、最後に茹でたパスタを絡めていた。

 パスタの上にイセエビを乗せて出す店も多いのだが、この店ではパスタが盛大にイセエビに絡んでいる。


 ゴパルが嬉しそうに食べ始めた。今は白ワインに切り替えてあるのだが、パスタとの相性も良いようである。

「これぞ海鮮料理って感じで美味しいですね。ビストロ料理ですので量もあって豪快ですし」

 ラマナヤカが白ワインを飲んで穏やかにうなずいた。

「ゴパル先生を招待した理由がコレです。長旅で疲れていますから、しっかり食べてください。ああそうそう、この料理で魚介のスープが使われていますが、ベントタ近くの漁港で水揚げされた地魚を使っています」

 ポカラへも輸出しているという話だった。頭をかくゴパルである。

「そうなんですか。味覚が鈍いので、気がつきませんでした」

 ラマナヤカが気楽な表情で笑う。

「私も指摘されないと分かりませんよ、ははは。ポカラで栽培が始まった小麦には期待しているんですよ。スリランカは小麦栽培に不適な気候という事情もあるのですが、汎用小麦粉しか使えません。不味いですよね、アレ」

 肩をすくめながらも素直に同意するゴパルである。

「ですよね……雑草の遺伝子を多数組み込んでいるそうなので、不味くなるのは当然なんですが……それでもね」

 パスタを食べて軽くうなずく。

「ポカラでは現在二種類の小麦品種の栽培をしています。小麦はネパール政府の管理下に置かれていますから、今後の普及や輸出については政府の考え次第でしょう」


 最後に給仕が運んできたのはパイ料理だった。

「白身魚のパイ包み焼きです」

 魚種としてはクエとキンメダイを使っていると話す給仕である。どちらも、この時代では養殖モノだ。

 魚の頭と尾を切り落とし、皮をはいで背中から包丁を入れて身を開く。背骨等をキレイに取り除き、ハーブや香辛料を使って魚の身に香りをつける。内臓があった部分にはフォワグラのムースを詰めておく。

 魚の形に整えてからパイ生地で包んでオーブンで焼く。これとは別にエイの切り身も使って、パイ包み焼きにしてあった。

 これらを大皿で運んできて、給仕が大きなナイフとフォークを使って切り分け、皿に盛りつけていく。最後に、ソース・ショロンをかけて完成だ。このソースは、ベアルネーズにトマトピュレを加えたものである。


 皿に盛りつけられた三種類の魚のパイ包み焼きに、ゴパルが早速ナイフとフォークを入れる。ザクザクと小気味よい音がして、垂れ目を細めた。

「これまた豪快ですね。まずはエイから食べてみます」

 食べてみると、予想以上にしっとりとした食感だった。もちろんアンモニア臭くない。

「あー……これは最後に食べた方が良かったかな。脂もしっかり含んでいるんですね」

 ラマナヤカはキンメダイから食べていた。まあ、味の淡泊さから考えると、最初に食べるべきはキンメダイだろう。

「エイは新鮮なうちに、きちんと処理すると美味しい魚ですよね。漁港が近いので実現できています」

 そう答えてから、ゴパルに聞いた。

「食事の量はこれで十分ですか? 足りないようでしたら、アラカルトで追加料理を頼みますよ」

 ゴパルがニッコリと微笑んだ。

「パスタ料理でお腹が膨れましたし、このパイ包み焼きで満腹ですよ。海があると魚料理が豊富になって良いですねえ」


 ラマナヤカが窓の外に広がるインド洋の一角を指差した。漁船の灯のようだ。いくつもあって、すっかり日が暮れて暗くなった夜空にゆらめいている。

「漁港や漁船の掃除水にもKL培養液を使っています。獲った魚を一時保管する、漁船内の水槽にも使っていますよ。魚臭さが和らいだと好評です。ベントタのホテル協会のシェフからも、臭いの面で良い評価を得られていますね」

 ゴパルが目を点にした。

「そんな場所でも使っているんですか。臭い問題ってあちこちにあるんですね」

 にこやかに微笑むラマナヤカである。

「水産用のKL開発、期待していますよ」


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