スリランカにて
本編で宇宙エレベータの話題が何度か出てますが、実物や建設現場の描写がなかったですね。すいません。一応SFカテゴリーなので、申し訳程度ですが一編設けました。
西暦太陽暦の年が明けて四月の第二週になった。ゴパルは再びスリランカに入国し、今はベントタ市にあるコーストビュー・リゾートホテルの部屋から海を眺めていた。
このホテルは海岸沿いに建っている。そのため窓からはインド洋と、マングローブ林で縁取られた入り江の両方を見る事ができる。入り江は汽水なので水の色が黒っぽい緑色だ。
その入り江には多くのレジャーボートが係留されていた。インド洋側ではやや赤っぽい色の砂浜が広がっていて、海水浴客の姿がチラホラ見える。
ゴパルがスマホを使ってポカラに居るカルパナとチャットでやり取りしてから、軽く背伸びをした。
(この時期は乾期だから農閑期になるハズなんだけどなあ……カルパナさん忙しそうだな)
パメやナウダンダ、チャパコットでは農業を再開する農家が増えてきていた。彼らへ提供する野菜の苗づくりで大忙しの様子である。先程のチャットでは、トマト苗の注文が倍以上に増えたと書いてあった。
パン用と麺用の小麦栽培も面積が増えてきているので、その世話もある。これらの品種はいもち病と赤カビ病、赤サビ病への耐性を備えているのだが、栽培期間中に何度か薬剤を散布する栽培暦になっている。特に、小麦の開花期とその二週間後の散布は欠かせないらしい。
ナウダンダでは、西洋野菜の一種である高原ニンジンの二回目の間引き作業が始まっていた。
これはネパールで一般に栽培されているニンジンと違い、固定種で色や形が様々だ。白っぽいものから赤黒いもの、形も大小様々で、繊維が多くてゴボウみたいな品種まである。用途もサラダ用から煮物用、野菜のダシ取り用と多様だ。
他にはフランス料理でよく使われるトレビスという野菜も苗を植えていた。この野菜は乾燥に弱いため、敷き草をして水やりを十分に行う必要がある。
栽培面積や農家数が増えてくると、カルパナやケシャブだけでは対応しきれなくなるため、マニュアル化を進めているという事なのだが……順調な進展とはいえない様子である。
(カルパナさん自身が、標高や土質で栽培暦が変わるって言ってるからなあ……農家さんと一緒に試行錯誤を続けるしかないよね)
さらにチャパコットでは花卉栽培もあり、森の中にはヤブツバキやクチナシの林がある。これらの枝を剪定する作業もしないといけない。ただ、この時期の剪定は軽くて済むのが救いだが。
ゴパルのスマホに電話がかかってきた。このホテルの副支配人のラマナヤカからで、すぐに電話に出る。
「はい、ゴパルです。すぐにロビーへ下りますね」
英語でそう答えてから、小さなリュックサックを担いだ。一泊二日で各地の農場を一緒に見て回る旅程なので、大した荷物ではない。
(さて、今までの経験だと、もうそろそろ教える事がなくなる頃だよなあ。私の方が教わる状況になるんだけど……まあ、いいよね)
実際、その通りになった。
ラマナヤカの運転する車でKLを使用しているコーヒー園や天然ゴム園、ナツメグ園に紅茶園等を見て回ったのだが、どこも特に問題は発生していなかった。生育が良くなり、それに伴って病害虫の被害が少なくなっているという点で共通している。
特に大喜びしているのは天然ゴム園の人達だった。生産量が増えてきたとニコニコしている。ゴパルも新たに蜂蜜の注文をしてから、園内の土を手に取ってみた。
「この農園でも土壌中の有機物の量が増えていますね。ダニ等の土壌生物も多様化しています。土が豊かになってきているのでしょう」
熱帯地域では気温が高いので、土壌中の有機物はそれほど増えない傾向がある。特に開墾した畑では顕著だ。
熱帯地域の土にはいわゆる赤土と呼ばれるモノが多く、保水性や保肥力が乏しい。肥料や水を与えても、流れ去ってしまいがちになる。
一方、有機物が土壌で蓄積すると腐植と呼ばれる状態になる。これらは保水性や保肥力が高い。肥料や水が長く留まるために、作物に利用されやすくなるのだろう。
熱帯の深い森に存在する泥炭とも似ているが、泥炭には毒性があり発火しやすいという点で腐植とは異なる。
土壌生物もそのほとんどは作物に対して無害なモノだ。彼らは生物なので栄養を体内に溜め込む。死亡するとそれらを放出するので、これも一種の土壌養分の貯留庫として機能している。
ラマナヤカが小首をかしげてゴパルに聞いた。四角い顔を支えるがっしりしたあごを、指でかいている。
「……という事は、施肥量を減らす事も可能という事ですか?」
ゴパルが素直にうなずいた。
「これまで流れ去っていた肥料成分が留まるという事ですから、その分だけ節約できると思いますよ。土壌分析をしてみてからの判断になりますけどね」




