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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
寒くなるとチヤ休憩が増えるよね編
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大晦日

 西暦太陽暦の年末になった。今年はゴパルとラメシュの二人が低温蔵で留守番である。二人とも、実家に電話して、帰省できない事を平謝りしている。

 去年と異なり、現在は上空にインドの準天頂衛星群が複数飛んでいるため、通信が止まったり切れたりする事は起きにくくなっていた。

 電話を終えて、アルビンからジョッキ入りのカロチヤを受け取ったゴパルが、ほっと一息つく。もう厳冬期になるため、本格的な防寒着を着ている。

「やれやれ……帰省できないって前もって伝えていたんだけどなあ。親不孝者って怒られてしまいましたよ、ははは……」

 ラメシュも電話を終えて、同じように肩をすくめた。

「私の両親も同じ反応でした。ABCへ登ってくるとも言ってましたが、それは危険なので止めるように説得しました」


 首都のネパール人の多くは雪に慣れていない。アンナプルナ内院ではもう雪が積もっているため、滑って転んでケガをする恐れがあるのだ。

 ゴパルが両目を閉じて呻いている。

「私の両親や兄と、まるで同じですね。低温蔵へ来る事は諦めてもらえたのですが、カルパナさんの両親に会いたいと言い出しまして……調整に苦労しました」

 アルビンがカロチヤをすすりながら、ニヤニヤしている。

「すっかり婚約同然の状態になりましたね。感想を一言お願いしますよ、ゴパルの旦那」

 ゴパルがカロチヤをすすってから、両目を閉じた。

「お金に困らなくなると、事態って急転するものなんですね。あっという間に、外堀を全て埋められてしまいました」


 ラメシュが小首をかしげながらカロチヤをすすっている。

「ヒンズー教では、嫁側の両親が夫側の両親に、引き出物や挨拶をするのですが……どうも、逆になっていませんか」

 ゴパルが気楽な表情で答えた。

「私は次男坊だしね。スヌワール家としては、特に重要ではない位置づけなんだよ。これがもしケダル兄さんの婚約だったら、大騒ぎになったと思うけど」

 アルビンが素直にうなずいた。

「恐らくは、これが最初で最後の婚約のチャンスでしょうしね。ゴパルの旦那を拾ってくれる物好きな聖女様なんですから、最大限の感謝を伝えに行くのは理解できますよ」

 ぐうの音も出せない様子のゴパルである。そんなゴパルにラメシュが聞いた。

「それで、ゴパルさん。カルパナさんにはプロポーズしたんですか?」

 反応が無い。


 やれやれ、この山羊は……と言わんばかりの態度をとるラメシュとアルビンだ。ゴパルが背筋を伸ばしてカロチヤを一気飲みした。

「だ、だからですね。今夜きちんと告白しますよ」

 ジト目で答えるアルビンとラメシュだ。

「そんなの当たり前でしょ、ゴパルの旦那」

「どこまでヘタレ山羊なんですか、ゴパルさん。これで告白し損なったら、もう後は無いと思った方がいいですよ」


 大晦日の夕方に、カルナがカルパナと一緒に低温蔵へやって来た。二人とも厳冬期用の防寒着を着ているのだが、カルパナの方は男用の服だった。

 ゴパルとラメシュに合掌して挨拶をしたカルパナが、軽く肩をすくめて微笑む。

「こんにちは。カルナちゃんの家で服を借りてきましたけど、正解でしたね。一面の雪景色で驚きました。さすが、アンナプルナの道……(アンナプルナ・コ・バト)ですね」

 カルナが早速アルビンからカロチヤを受け取り、カルパナにも渡した。まだ二人ともリュックサックを担いだままだ。

「叔父さんのお古だけどね。シイタケで儲けたから、新しい防寒着を買ったのよ」

 ちなみにゴパルとアルビンを含めた五人全員が、国産のアウトドア用品を製造販売しているアマダブラム製を着ていた。安くて縫製がしっかりしているので手軽に買えるのだろう。地味だが。

 ゴパルは以前にポカラで防寒着を買っていたのだが、この厳冬期には向かないような薄手のものだった。


 ラメシュがカルナの手を取って微笑んだ。

「来てくれて感謝しますよ、カルナさん。ここには酒飲みのオッサンしか居ませんから、悲惨な新年パーティになる所でした」

 つまりゴパルを含む皆が泥酔して、気がついたら新年元旦の昼過ぎだった……というような事態だろうか。

 カルナがジト目ながらもクスクス笑う。

「だろうと思って来たのよ。ラメシュ先生は私が守るから、ゴパル先生はカルパナさんに守ってもらいなさい」

 そう言って、ポケットから唐辛子スプレーを取り出して見せるカルナとカルパナである。カルナが不敵な笑みを浮かべた。

「これでぶっ飛ばせば、雪男でも一撃ね」

 ゴパルが両目を閉じて呻いた。

「うう……記憶も吹っ飛ぶスプレーですか。できれば使わずに新年を迎えたいですね」

 クスクス笑うカルパナだ。

「威力はかなり減らしてあると、ディーパク先生が言っていましたよ。レカちゃんが使いたがるので、安全性を高めたそうです」

(ディーパクさん、グッジョブ)

 ゴパルが内心で手を合わせて感謝した。


 低温蔵の仕事はここで切り上げる事になった。カルパナとカルナは今晩一泊してから帰るという話だったので、アルビンと一緒に民宿へ向かう。

 リュックサックを担いだ姿のカルパナとカルナを見送ったラメシュが、ゴパルの肩を小突いた。

「では告白を頑張ってくださいね。私はカルナさんと一緒にヘリポートの辺りを散歩してきます」

 ゴパルがラメシュの防寒服の裾を持った。

「この辺りで雰囲気が良いのは、やはり仏塔チョルテンかな」

 素直に同意するラメシュだ。

「でしょうね。でもまあ、ABCの場所そのものが景勝地ですから、どこでも良いと思いますよ」


 では健闘を祈ります、とスタスタ歩いて低温蔵から出ていった。入れ替わりにカルパナが入ってくる。低温蔵の内装を見て、申し訳なさそうに謝った。

「ここへ来るのは初めてで、どうもすいません。ゴパル先生が仕事をしている大事な場所なのに、今まで怠けて見に来ませんでした」

 気楽な表情で笑うゴパルである。

「ポカラで大忙しなんですから、こんな氷河のほとりの小屋なんか無視してくれて構いませんよ。半分ほどは酒蔵になってますし」

 実際、カルパナは明日には下山する予定だ。カルパナが恐縮しているままなので、ゴパルが低温蔵での仕事の説明を簡単に始めた。

「……こんな感じなんですよ。酒ばかり仕込んでいる状況ですし、発酵食品も酒のツマミに適しているようなチーズや発酵肉ばかりです。酒飲み階級の性癖が出ていますので、気にする事はありませんよ。ラメシュ君にも呆れられています」

 さすがにカルパナも少し呆れたような表情になっていた。

「カルナちゃんが文句を言っていた理由が分かりました。本当に飲み過ぎには注意してくださいね」

 そう言いながらも、好奇心の光を二重まぶたの瞳に宿している。

「私も味見して構いませんか?」

 ニッコリと笑うゴパルだ。

「大歓迎です」


 せっかくなので火腿や発酵ソーセージについては、アルビンに頼んで簡単に調理してもらう事になった。この発酵ソーセージは新たに仕込んだモノである。チーズ各種はそのまま切って小皿に盛りつける。

 それを小さなランチボックスに入れて、カルパナと一緒に仏塔へ向かう。かなり急で岩だらけの山道なのだが、雑談を交わしながら登っていく二人だ。


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