マイケル
カルパナの車で送られてルネサンスホテルへ到着すると、ロビーにヤマの姿が見えた。カルパナに礼を述べて車から降りるゴパルだ。
「送ってくださって、ありがとうございました。弟さんに祈祷頑張ってと伝えておいてください」
カルパナが運転席から穏やかに微笑んでうなずいた。
「はい。夜中は冷えますから暖かくするように言っておきます。では、また。年末に低温蔵へ行けるように日程を調整してみますね」
カルパナが運転するジプシーを見送ったゴパルが、リュックサックを担いでホテルのロビーへ入った。すぐにヤマに合掌して挨拶する。
「こんにちは、ヤマさん。ポカラも冷えてきましたね」
ヤマがチヤをテーブルに置いて、丁寧に合掌して挨拶を返した。
「こんにちは、ゴパルさん。風邪をひく支援隊員や水道事業の関係者が続出してまして、彼らへの見舞いで忙しいんですよ、ははは……」
それでも水道事業の方は順調に進んでいるという事だった。ゴパルが気楽な表情で肯定的に首を振った。
「ポカラの水道事情が改善されると、サビーナさんやラビン協会長さんが喜びます」
そう答えてから、そっとヤマに聞いてみた。
「……豚の丸焼き事件の後片付けはどうなりましたか? まだ何か私に手伝えそうな事があれば、遠慮なく言ってください」
ヤマがバーコード頭をかいて恐縮した。
「各方面への謝罪を終えましたので、特にこれといった頼み事はありませんよ。農業開発局長も怒りを収めてくれましたし」
相変わらず苦労しているんだなあ……と同情するゴパルである。ヤマが苦笑して、軽く肩をすくめた。
「主犯の、ええと……水牛君と言った方が分かりやすいですね。農業開発局の裏庭にできた焚火跡を水牛君が直して、芝の張り直しもしました。ですが、その作業中にケガをしまして……今はタイのバンコクで入院しています」
バイクで走っている時に、道端に転がっていた土管を蹴り飛ばしたらしい。で、壊れたのは水牛君の足の指の骨だった。
呆れながらも心配するゴパルである。
「うへ……悪い事が重なってしまいましたね。それで水牛君の容体はどうですか? 下痢事件の後で体が弱っていると、傷の治りが遅くなるかも知れません」
ヤマがハの字型の眉を上下させた。
「個室の豪勢な病室ですから、ネパールに戻るのを嫌がるかも知れませんが……医者の診断では単純骨折と脱臼なので、長い入院にはならないと思いますよ」
そこへ中国人のマイケルがロビーに顔を出した。ヤマとは既に顔見知りの様子で、ゴパルとも合掌して挨拶を交わす。
「豚の丸焼きは、中華料理でもありますよ。量が多いので気軽に食べる事はできませんが、旧正月のパーティで出す予定です」
中華料理でも色々な調理方法があるそうなのだが、今回は南中国で行われている豚の丸焼きにすると話してくれた。ゴパルが目をキラキラさせている。
「美味しそうですねっ。味見をしに行っても構いませんか?」
ニッコリと微笑むマイケルだ。
「もちろん。子豚を使いますが、それでも丸一頭ですからね。大勢で食べる料理なので、大歓迎ですよ。ヤマさんもどうですか?」
ヤマもゴパルと同じようなキラキラ表情をしている。
「嬉しいですね。それでは私も味見をしにお邪魔しますよ」
豚の話題になったので、ゴパルがマイケルに報告した。
「マイケルさん。既に報告書を送っていますけど、火腿の実験は成功でした。良かったですね」
マイケルが笑顔のままでうなずく。
「豚の農場をバグルンに確保しました。本格的に生産できますよ」
バグルンはジョムソン街道の大きな街で、チベット系の住民が多い。そのため、豚農場を探しやすいのだろう。
気候を含めた環境を考えるとジョムソンやツクチェが良いのだが、ドングリや芋、豆類をKLで発酵させたものを餌に使う予定だ。そのため、野菜畑やドングリの森があるバグルンにしたと話してくれた。なお、火腿用の豚には穀物を与えないという慣習がある。
感心するゴパルである。
「ツクチェやジョムソンは農地が少ないですからねえ……ですが、チベット系の人と中国人は仲が悪いと聞きます。その点は大丈夫ですか?」
ポカラにチベット難民キャンプがあるように、中国と対立しているチベット系住民は少なくない。
マイケルが穏やかに笑った。
「私は表に出ませんから、大丈夫だと思いますよ。多少の問題でしたら酒宴を開けば解決しますしね」




