忘年会
光合成細菌の培養をしている簡易ハウス群を撮影記録してから事務所に戻った。そこにはクリシュナ社長とラジェシュ、それにディーパク助手が居て、彼らと軽く雑談を交わすゴパルとカルパナであった。
ディーパク助手はすっかり馴染んでいる様子で、笑顔をゴパルに向けた。
「工学第一研究室も大忙しなので、分身が一つ二つ欲しいですね。ははは」
クリシュナ社長はすっかりディーパク助手を気に入った様子で、ご機嫌な表情でチヤをすすっている。
「機械やプログラムに詳しい彼氏がいると、何かと便利だな。レカよ、でかした」
ラジェシュもチヤをすすりながら満面の笑みを浮かべている。
「まさか彼氏ができるとは予想してなかったよ。ゴパル先生がカルパナさんと付きあってるのを見て、大いに触発されたみたいだね」
反応に困るゴパルとカルパナだ。カルパナが両耳を赤くしながら、ラジェシュに聞いた。
「あの……付きあっているように見えますか?」
即答するラジェシュとクリシュナ社長、それにディーパク助手である。
「「「見える」」」
レカもニマニマ笑いを浮かべてカルパナを小突いた。
「ドライブデートしまくりだろー。何もないとは言わせないぜー」
居心地が悪くなったので、早々に退散する事にしたゴパルとカルパナであった。
ポカラへ戻ったのだが、その途中で軍の駐屯地前でいつもの偉い人に呼び止められてしまい、ここでも同じようにからかわれてしまった。
おかげでルネサンスホテルに到着する頃には、ゴパルとカルパナの顔と耳がすっかり赤くなっていた。
ゴパルがレカのような挙動不審でぎこちない動きをしながら、車の助手席から下りる。
「今日は、どうもありがとうございました。ええと……明日の朝、湖畔の掃除に参加しますね」
カルパナも同じような挙動不審な動きを見せながら、ぎこちない笑みで応えた。
「そ、そうですか。汚れても構わないような服装でお願いしますね。ええと……では、また明日っ」
そう言って、ジプシーで走り去っていくカルパナだ。頭をかいて見送るゴパルである。
「はあ……何というヘタレだろう、私は」
まあ、何を今さら……という感じなのだが。
ヤマが主催するパーティまでは時間があったので、それまで部屋で事務仕事を片付ける事にしたゴパルであった。
(やっておかないと、またクシュ教授から怒られるしね)
今回の撮影記録を編集し、経費報告書を書き終える頃には夕方になっていた。窓の外に広がる夕焼けのマチャプチャレ峰とアンナプルナ連峰を眺めながら背伸びをする。
そこへ、ロビーから電話がかかってきた。いつもの男スタッフからで、パーティの準備が整ったという知らせだった。礼を述べて電話を切り、ここでようやく自身の服装に注意を向けた。
「……着替えた方が良いかな」
軽く汗を流してから長袖シャツに着替えてロビーに下りると、サビーナがヤマと口論していた。
(あ。ヤバイ場面に出くわしてしまった)
そろりそろりと二人に気づかれないように階段を下りたが無駄だったようだ。ジト目のサビーナに呼び止められてしまった。サビーナはコックコート姿で、ヤマは普段着だ。協会長も居る。
「オイ、そこの山羊。こっちへ来い」
ビクリと跳び上がって反応してから、肩を落として振り返るゴパルである。
「ハワス。何でしょうかサビーナさん」
「監視役を命じる。この日本人どもが悪さをしないように見張っておけ」
小首をかしげているゴパルに、協会長が苦笑しながら補足説明した。
「実は花火まで持ち込んでいるんですよ。ポカラ警察からイベント許可を得ているので、むげに断る事もできません」
そう言ってから、ロビー内に視線を流した。既に水牛君を含む支援隊員や水道事業関連の日本企業の人達が集まっていて、さらにホテルの客も加わってきている。
「花火と聞いて集まってくる客も多いようです。私達ホテルスタッフと警官も警備にあたりますが、ゴパル先生も気にかけてくださると助かります」
目を点にしながらも了解するゴパルだ。
「な、なるほど。分かりました」
間もなくしてからパーティが始まり、皆がホテルの前庭に集まる。ヤマが挨拶を英語で始めた。既に手にはビールが注がれた中ジョッキを持っている。
「まだ新年には間がありますが、忘年会を始めましょう。皆さん、今年はどうもありがとうございました。来年もよろしくお願いします。では、それぞれの事業のこれまでの成功を祝い、今後の事業の成功を祈願して、乾杯!」
日本人客が一斉にジョッキを掲げて応えた。水牛君も居る。
「乾杯!」
ゴパルも中ジョッキのビールを手にして真似をした。同時に、目の前の湖畔から花火が打ち上げられた。
上空高くまで飛んでいって炸裂し、大輪の花火がゴパルの視界いっぱいに広がる。爆音に近い炸裂音もして、まだ残っているゴパルの腹の脂肪を揺らした。
「ぐは。巨大な花火だな。こんなに巨大とは思ってなかったよ」
水牛君がビールを飲みながらやって来て、ドヤ顔で話しかけてきた。
「凄いでしょー。一尺玉の花火ですよ」
素直に感心するゴパルだ。再び花火が打ち上げられて、少し赤みが残る空に轟音を伴って大輪の花が咲く。
「本格的ですね。確かにこの規模でしたら警察の許可が必要になりますよね」
花火が咲いた後に、火の粉が上空から降り注いでくるのだが、ほとんどはフェワ湖に落ちているようだ。と、ゴパルのスマホに電話がかかってきた。協会長からだ。
嫌な予感と共に電話に出たゴパルが、がっくりと肩を落とした。水牛君に告げる。
「ラビン協会長さんからでした。火の粉が湖畔の草むらに落ちていないかどうか、これから行って確かめてきます。皆さんはパーティを楽しんでくださいね」
水牛君も手伝うと申し出てくれたが、穏便に断るゴパルだ。
「今回の主賓は貴方達ですよ。そうだ、花火のようなイベントは他にも予定していますか?」
水牛君が少し考えてから、またもやドヤ顔で答えた。
「ありますよ。ですが、火事の危険はないので安心してください」
結局、最初のビールしか飲めず、湖畔を歩き回って火種の有無を調べる事になったゴパルであった。いつもの男スタッフも同じ作業をしている。
「こういった地味な仕事は、警官が嫌がるんですよ。人手は多くかかるんですけどね」
苦笑しながら同意するゴパルである。
「火事になったら大変ですから、地味でも必要な作業ですよ。これからしばらくの間は雨が降りませんし」
ポカラでは降るのだが、それほど強い雨ではない。本格的な雨は、翌年の雨期からだ。
湖畔の草むらを調べてみると、協会長が危惧していた通り、火の粉が舞い降りていた。ほとんどはそのまま消えていたのだが、まだ赤くなって燻っているモノもある。
ため息をついて足で踏み消すゴパルである。
(大きな花火だったからなあ……火の粉もたくさん降るよね)
ルネサンスホテルの方を向くと、ロビーで歓声が上がっている。もう一度ため息をつくゴパルだ。
「牛肉料理が出たのかな? 残念」




