トリュフ騒動再び
ラメシュが低温蔵へ到着すると、ダナが小走りでやって来て出迎えた。
「交代、交代、交代だぜー」
ラメシュが苦笑する。
「よほど低温蔵の仕事が増えてるみたいだな、オイ」
リュックサックを担いだまま低温蔵へ入り、タッパ容器に入れていた青カビだらけのパンを一斤取り出した。それを見て満足そうにうなずくゴパルとダナである。
ゴパルがラメシュに挨拶してから、青カビをよく観察した。
「良い具合にカビが生えているね。元気そうだ。早速、チーズづくりに使ってみよう」
ダナから仕事の申し送りを終えたラメシュがニッコリと笑った。
「良い感じですよね。着替えたら、すぐに粉砕してチーズに接種します」
ダナが早くも低温蔵から出ていくようだ。彼の博士課程の研究が気がかりなのだろう。
「では、僕はこれで下山します。ラメシュ、後はよろしく」
そう言い残して、民宿ナングロへ入っていった。ラメシュが見送って小さくため息をつく。気温が低いために息が白い。
「研究は計画的にしなきゃ、ダナ。しかし、これでやっと青カビが使えますね。こう言っては何ですが、うちの研究室で保存している青カビ菌株は平凡なんですよね……セヌワで採取したこの青カビに期待してます」
ゴパルも曖昧な笑みを浮かべながら、肯定的に首を振った。
「ほとんどの野生菌は平凡だけどね。クシュ教授が中華料理屋で採取してきた青カビも平凡だったし。でも期待してみよう」
ラメシュが民宿に入って荷物を下ろし、シャワーを浴びて着替えて戻ってきた。
早速、青カビパンをミキサーにかけて粉にしていく。これをふるいにかけて、青カビ菌糸とパン屑をより分けたら準備完了だ。ただし、青カビチーズづくりで使用する量はそれほど多くない。
首都にもサンプルを送るのだが、これは乾燥させる必要がある。生のままでは、途中で腐ってしまう恐れがあるためだ。他に、火腿や発酵ソーセージ等でも青カビを使う。
ラメシュが鼻歌を歌いながら作業をしている姿を見ながら、ゴパルも作業を再開した。しかし、彼のスマホに電話がかかってきたので中断する。スマホの液晶画面を見て、小首をかしげた。
「あれ? カルパナさんからだ。何だろう」
ゴパルが電話に出て話を聞く……と、その表情がみるみるうちにジト目になっていった。
「……カルパナさん。またトリュフ探しですか」
ラメシュがトリュフという単語に反応して作業を中断した。ゴパルを凝視する。
「ゴパルさん。トリュフがどうかしたんですか?」
トリュフは野生キノコの一種で、欧州では高級キノコとして扱われている。
あ。ヤバイ雰囲気になった……と冷や汗をかき始めるゴパルだ。努めて冷静な口調で答える。
「アンナプルナ連峰の北側に、チャーメっていうチベット系住民の町があるんだけどね……その近郊の森でトリュフが見つかったという噂が立ったそうなんだよ。それで……」
ラメシュがメガネをキラリと反射させてキメ顔になった。
「ぜひ調査に行くべきですね!」
やはりこうなったか……と肩を落とすゴパルだ。電話口ではカルパナも似たような表情をしているのだろう。
「いや、まだ噂に過ぎないよ、ラメシュ君。前回はマルディっていう場所で同じような噂があったんだけど、見つからなかったし」
ラメシュがゴパルの両肩をがっしりとつかんだ。
「他の人に見つかると、微生物学研究室の名折れになりますよっ。ゴパルさんの都合が悪いのであれば、ここは私が行くしかありませんね! そのチャーメで一ヶ月でも二ヶ月でも探し回ってきますよ」
(あ。これは本気だ)
ゴパルが肩をラメシュに揺さぶられながら両目を閉じた。
「……今、ラメシュ君が抜けたら、低温蔵の仕事が回らなくなってしまうよ。それこそ微生物学研究室として、とても困る」
がっかりするラメシュを横目に、スマホを通じてカルパナに答えた。
「良い旅を。トリュフが見つかるように、仏塔でお祈りしておきますね」




