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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
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キノコのスープ

 バクタプール酒造の白ワインを続ける事になり、パンとバターが追加された。そして、給仕長が陶器の器にパイ生地でフタをした料理を運んできた。

「キノコのスープ、パイ包みです」

 小さなツボ型の陶器の口に焼けたパイ生地が被さっている。

 ゴパルが早速パイ生地をスプーンの先で崩し、スープと混ぜた。湯気と共に様々なキノコの香りが塊になって立ち上ってくる。

「良い香りだなあ。でも、スープの中にはキノコの形が見えませんね」

 スープを一口飲んだゴパルが目を輝かせて絶句した。

「うわ……」


 カルパナとアバヤ医師は何度か飲んだ事がある様子なのだが、それでもゴパルと同じように目をキラキラさせている。

 カルパナが幸せそうな顔で一息ついた。

「今まではポカラ産の野生キノコがなかなか手に入りませんでしたから、イタリアやフランスから輸入していたんですよ。もちろん乾燥キノコです。チャパコットの森で採れた野生キノコを少し使っていただけですね」

 アバヤ医師が満面の笑みを浮かべて、会議室に顔を出したサビーナに手を振った。

「輸入キノコのスープも素晴らしかったが、地元産キノコの方がワシは好みだな。得体の知れない生々しい森の風景を想像してしまうよ。ワクワクする風味だ。トリュフやセップが入ってないから、香りの爆発という面では乏しいがね」

 トリュフやセップ茸は、欧州で高級キノコとして扱われる人気の野生キノコだ。


 サビーナが軽く腕組みをして、少し残念そうな顔でうなずいた。

「トリュフやセップを入れると、他のキノコの香りが追いやられてしまうのよね。でも客はトリュフやセップ好きが多いし。どうかな、やはり加えた方が良いと思う?」

 ゴパルが目を点にしている。

「これだけでも十分に強力な香りですよ。欧州の学会の懇親会でも時々トリュフやセップとかのキノコが使われていますけど、それほど強い香りではなかったような……私は残念ながら食べた経験がありません」

 サビーナがジト目になって答えた。

「あー……それは安物の瓶詰めか、ニセモノか、合成香料を使ってるわね。キノコの漬け汁だけを使う場合もあるし」

 そうだったのか……とショックを受けているゴパルを無視して、サビーナがアバヤ医師に視線を向けた。


 アバヤ医師は美味しそうにスープを飲んでいたが、白ワインを一口飲んで答える。

「白ワインの方が完全に香り負けしておるな」

 そう言ってから、真面目な表情で意見を述べていく。

「予約時にどのようなキノコを味わいたいか聞いてから、組み合わせを考えれば良かろう。トリュフ好きであれば、パイ生地を客が割った後でスープに削りかけて追加するという手もある」

 カルパナが穏やかに微笑んで、続けてサビーナに話しかけた。

「ホテル協会としては、地元産の野生キノコでスープを作った方が宣伝しやすいかも。パメの家でも宣伝できるかも知れないし。セップ茸やトリュフを使うと別料理になってしまうような気がするな」

 アバヤ医師がニヤリと笑った。

「今回はシイタケを入れ過ぎたな。シイタケの主張が強いわい」

 サビーナが笑って謝った。

「あはは。ごめんごめん。つい調子に乗っちゃってね。シイタケ使い放題なんて初めてだったし。店で出す時は減らして、他の野生キノコとバランスを取るようにするよ」


 当初はスープの付け合わせに、花ズッキーニの料理を何か出そうと考えていたらしい。ところがエリンギが届いてしまい、その掃除で時間がなくなってしまったと話すサビーナだ。

「そんな訳だから、ポカラ産のパンとバターで我慢して」

 ちなみにこれはパン工房で焼いたものだ。天然酵母の種類もさらに増えている。今では薬の調合みたいにして色々な酵母を混ぜ合わせて、パン生地を発酵させているらしい。


 このパンもアバヤ医師は大いに気に入っている様子だ。リテパニ酪農産の発酵バターをパンに塗りながらニコニコしている。

「他では味わえない様々な風味が楽しめるようになってきているな。酵母菌が変わると、風味もちょっと変わるのが面白いよ」

 基本的には微生物学研究室が開発したビール用酵母菌を主に使い、自家製酵母を添加するという方法でパンを焼いている。パン用酵母菌は、まだ開発中だったりする。

 ゴパルも気に入っているようだ。スープを飲みながらパンをかじっている。

「パン工房長さんは、本当に研究熱心ですよね。私もポカラに下りてきた時は、このパンを食べたくなります」


 このキノコのスープ、パイ包みだが、作り方を簡単に紹介しよう。

 カルナが採集してきた野生キノコはクロラッパタケ、ブナハリタケ、アイシメジ、エノキタケ、ヒマラヤヒラタケ、マイタケだった。

 野生キノコにはムシがついている可能性が高く、キノコ自体の劣化も早い。そのため、届いたその日にすぐ掃除して、マグロ節と昆布でとったダシに漬けておく。

 このダシは強すぎないので、キノコの風味を保ちつつ、適度な旨みを添えられる。日持ちはあまりしないのだが、冷蔵したり冷凍できる。なお、キノコを掃除する際には水洗いを避ける。傷んだ部分を除去し、ブラシを使って丁寧にゴミを払う。


 こうして下処理した野生のキノコに、生シイタケ、マッシュルーム、傘の開いたエリンギを加える。マッシュルームだけは首都産である。

 オーブンで半生状態に乾燥させて香りを発生させ、その後、六十から七十度の湯で戻す。この戻し時間が長い程、キノコの旨み成分が抽出される。

 戻した汁とキノコをミキサーにかける。その後、バターと鶏のダシ、野菜などを加えて煮込みながら裏ごししていき、濃厚なスープにしていく。鶏のダシにしたのはヒンズー教徒の客向けだ。欧米人や中国人向けの場合ではダシを変える。


 パイ生地は前もって作っておく。生地を練って伸ばして椿油とオリーブ油を敷いてたたみ、それを一晩冷凍させる。翌日取り出して解凍して、また伸ばして椿油とオリーブ油を敷いてたたむ作業を何度も繰り返している。


 陶器のカップにキノコ汁を入れて、香り水と食用菊の花を数枚散らし、パイ生地でフタをする。この香り水は、新鮮なハーブをミキサーで潰してから料理用の白ワインを足し、蒸留して得たものだ。

 最後にオーブンで焼いて、香りを中に閉じ込めて完成となる。野生キノコを使うので、季節によって構成が異なるのが特徴だ。


挿絵(By みてみん)


 陶器のツボは一人用で小さいため、すぐにスープを飲み終えてしまったゴパル達であった。パイも食べているので、それなりに量があるのだが。

 この三人が物欲しそうにサビーナを見上げる……が、ジト目で断られてしまった。

「お代わりは用意してないわよ。これ以上飲みたかったら、レストランで注文しなさい。正規料金で出してあげるから」

 割引サービスは適用外らしい。


 この陶器のツボもポカラ産だという事だった。陶芸カーストというものが昔あり、その技術者が様々な陶器や磁器を生産している。

 アンナプルナ連峰ではアンモナイトが出土するような太古の土まであるため、特徴のある製品ができるようだ。この陶器はリテパニ酪農のクリシュナ社長の紹介で、ネワール族の陶芸会社に注文して作ってもらっているらしい。

 サビーナが微妙な表情で笑う。

「見ての通り、まだまだ改良の余地があるんだけどね。石さんも陶器に興味を持ってくれて、首都の陶芸会社をクリシュナ社長に紹介してもらったわ」

 和食では陶器や磁器の器や徳利が好まれるらしい。


 ゴパルがサビーナの話を聞きながら、隣のカルパナにそっと話しかけた。

「どうやら、サビーナさんと石さん、良さそうな雰囲気になってきているようですね」

 カルパナがニコニコしながらうなずく。

「そうですね。レカちゃんに続いてサビちゃんにも彼氏ができて良かったです」


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