エシャロット、桃、小麦
そんな話をしたいる間に、初収穫が終了した。ケシャブが車のカギをクルクル回しながら、ジプシーに乗り込む。数名の作業員も同乗して静かに発車した。
「カルパナ様、ゴパル先生。先にホテルへ運んでおきます」
そう言い残して走り去っていった。カルパナがスマホで時刻を確認し、ゴパルに微笑む。
「では、巡回しながらパメへ下りていきましょうか」
まず最初に訪れたのはエシャロットの畑だった。ちょうど苗を植えつけたばかりで、細長い葉がゆらゆらしている。
スマホで撮影するゴパルに、カルパナが申し訳なさそうに告げた。
「フランスの産地とは気候も地形も違いますので、手探り状態ですね。この栽培方法で問題が生じたら、その都度改善するつもりです」
これまではナウダンダで小規模な面積での栽培をしていたのだが、そこではタマネギに準じた栽培方法だったらしい。それで特に問題が生じなかったので、今回も採用したと話してくれた。
「ですが、栽培面積が増えますと何か不都合な点が出るかも知れません。しばらくの間は様子見ですね」
ちなみに今回の植えつけは、列と列との間が三十センチ、苗と苗との間が二十センチと、かなり広めにしてあった。雑草対策として刈り草を敷いている。
今後は雑草を抜きながら、生ゴミ液肥と生卵入り光合成細菌とを散布して生育を促していく計画だ。
他の野菜や花の畑も巡回していく。ティハール大祭が終了したので、花の種類はかなり減っていたが、それでも花畑が多い。
ミツバチも多数飛び交っている。スズメバチの被害が時々発生しているようだが、その都度駆除しているらしい。
カルパナが段々畑の上の方を指差した。
「桃園ですが、土ボカシを昨日与えました。そろそろ落葉して休眠に入りますね」
スマホにメモしておくゴパルだが、軽く頭をかいている。
「メモをとって記録はしていますが、一般公開しない内部情報にしています。微生物学研究室の外には情報が漏れないようにしていますから、心配しないでください。隠者様にもそう伝えてもらえると助かります」
さらに頭をかく。
「実は、論文がこれで一本書けそうな内容になっているんですけれどね……約束は守ります」
肯定的に首を振るカルパナだ。
「はい、分かりました。隠者さまは桃が好物ですので、機嫌を損ねると困った事になるんですよ。配慮してくださって、私も嬉しいです」
あの厳つい顔つきで琥珀色の鋭い瞳を持っているのに甘党……と、ふと思うゴパルであった。まあ、南アジアでは珍しくない事だが。ゴパルの父も辛党なので親近感を抱いている様子である。
最後に、めん用小麦の畑に案内された。先日はパン用小麦の畑だったので、その作業情報と比較するゴパルだ。
概ね同じといって良いのだが、めん用小麦の場合では高濃度の鶏糞肥料を使っている点が異なっていた。
バルシヤ養鶏から購入した鶏糞肥料なのだが、窒素濃度が四%以上あるモノだ。これを千平米あたり五百キロほど使っている。その後、雑草の刈り草や落ち葉を二トン散布してから、深さ五センチ程度で耕してある。
「この畑は地力が弱いので、強めの肥料を使っています。小麦は耕作放棄地で主に栽培する流れになっていますので、こうしました。有機物は多いのですが、土が痩せている場合がありまして」
気温が高い場所では、土中の養分が損耗しやすくなる。一方、ナウダンダのような涼しい場所では養分が過剰に蓄積しやすい。
ゴパルが撮影とメモ取りを終えると、カルパナがキラキラした瞳を向けてきた。
「では、試食しに行きましょうか」
頭をかいて謝るゴパルだ。
「すいません。その前にパメのキノコ種菌工場に寄っても構いませんか? 記録撮影する必要がありまして……」
カルパナがクスクス笑って了解した。
「そうでしたね。では、パメへ下りましょう」
パメの種苗店でゴパルがキノコ種菌工場の様子を撮影していると、その間にビシュヌ番頭がタクシーを呼んできた。カルパナがピョンピョンその場で小さく跳ねながらゴパルを急かす。
「ゴパル先生、タクシーが来ましたよっ」
それを聞いてゴパルが記録作業を終了し、スバシュに礼を述べた。
「忙しい中、ありがとうございました。エリンギ栽培ですが、くれぐれも慎重に進めてくださいね。ここで種菌の品質が劣化してしまうと、皆さんがっかりしてしまいます」
スバシュが真面目な表情でうなずいた。
「ですよね。責任重大で緊張しています。バングラの種菌会社にも頑張ってくださいと伝えておいてください。私も連絡を取り合っていますが、どうも英語は苦手で」
了解するゴパルだ。
「分かりました。クシュ教授を経由してバングラ側に伝えておきますね」




