野生キノコとエリンギ
ABCへ戻っていたゴパルが、再び下山してきた。シャウリバザールの茶店にゴパルが到着すると、ジプシーが停めてあった。ナンバーを見てカルパナの車だと知るゴパルだ。
そのカルパナがチヤをすすりながら、穏やかに微笑んで手を振っている。
「こんにちは、ゴパル先生。予定通りの時間ですね」
ゴパルも手を振って応え、茶店オヤジにチヤを頼んだ。
リュックサックを下ろして、カルパナの隣に腰かける。まだ観光シーズンなので、他に席が空いていなかったせいもあるようだが。
「待たせてしまいましたか? まだまだ農作業が忙しいのに、すいません」
カルパナが気楽な表情で首を振った。
「ちょうど良い息抜きになっていますよ。この季節はドライブするのに最適ですしね。バイクだと最高なんですが、また壊れてしまいまして。ジョムソンまで往復したかったのですが、残念です」
やはり、基本的にはバイク乗りのようである。そのカルパナの表情が少し緩んだ。
「それに今日は、野生キノコのスープをサビちゃんが作ってくれますからねっ。絶品なんですよ」
追記すると、キノコ好きでもある。
ゴパルにチヤを渡した茶店オヤジに、カルパナが礼を述べた。
「カルナちゃんのキノコ狩りに協力してくださって、本当にありがとうございます。サビちゃ……ええと、サビーナさんも喜んでいますよ。プン族の里山の森で採れた野生キノコだと、料理を注文した客に説明しています」
茶店オヤジが、何本か前歯の抜けている顔をほころばせて笑った。
「そりゃあ良かった。山奥に住んでいる連中も現金収入が増えたって喜んでるよ。強力隊を使うようになるほど出荷量が増えたそうだ。ラビン協会長からも色々と打診されるようになってきているしな」
確かに、ゴパルが運び屋をしている程度では、大した商売にはならない。
プン族の拠点の町の一つにゴレパニがある。峠にある宿場町なのだが、ここはアンナプルナ街道でも有数の景勝地だ。その南北にはウレリとシーカという豊かな農村もある。
プン族はガンドルンを拠点にしているグルン族や、ジョムソン街道のタカリ族と接しているのだが、言語や習俗が異なる。そのため、ポカラのホテル協会としてもプン族との良好な関係を構築しておきたいのだろう。
ゴパルからチヤの代金を受け取って、茶店オヤジが彼の肩をポンポン叩く。
「きっかけは、このゴパル先生だけどな。この場所に茶店を移転するように助言してくれたんだよ。おかげで、こんなジジイになってから商売繁盛だ、ははは。たまにアンナキャンプで酒やツマミにありつけるようになったのも、良いな」
ゴパルが背中を丸めて首を引っ込めた。
「アンナキャンプの件は勘弁してください。今はちゃんとABCって呼んでますから」
ゴパルはガンドルンの町にあまり出向いていないのだが、以前にこの茶店があった場所では道路の拡張工事が始まったらしい。そのため、多くの屋台が追い出されてしまったと茶店オヤジが話してくれた。
チヤをすすりながら目を点にしているゴパルである。
「はえー……そんな事になっているんですか。いつもジヌーへの道ばかり通っているので気がつきませんでした」
カルパナが苦笑している。
「ゴパル先生……挨拶回りって結構大切ですよ」
チヤ休憩を終えて、ジプシーでナヤプル経由でナウダンダへ向かった。
ナヤプルではいつもの居酒屋で飲んだくれているディワシュとサンディプに見つかって、ジョムソン街道まで追いかけられてしまったが。
真っ赤な顔で追いかけてきて、見事に転んだグルン族の二人を、カルパナがバックミラー越しに見てため息をついた。
「お酒には注意しないといけませんね」
言葉に詰まっているゴパルであった。
ナウダンダに到着すると、カルパナが車のカギをケシャブに手渡した。今回はこのまま歩いてパメまで下る予定になっている。
ゴパルのリュックサックも車の中に残してあり、ケシャブがルネサンスホテルまで運んでくれる事になった。感謝するゴパルだ。
「ありがとうございます。壊れやすいモノは中に入っていませんから、ぶん投げても構いませんよ」
ケシャブが恐縮しながら否定的に首を振った。
「と、ととととんでもないですよ。丁寧に運びます」
カルパナがニコニコしながらゴパルに説明した。
「これからエリンギの収穫を始めます。ゴパル先生に撮影してもらってから、ジプシーにエリンギを乗せてサビちゃんの店へ出荷する段取りなんですよ。そのついでにリュックサックを運ぶだけですから、お気遣いなく」
ゴパルがスマホを取り出してバッテリー残量を確認し、背筋を伸ばした。
「早いものですね。もう収穫かあ。記録撮影をしないとクシュ教授とラメシュ君に蹴り飛ばされてしまいますから、気合いを入れますね」
エリンギの収穫それ自体は、既に何度も行っている。今回は菌床の材料に緑肥大豆を使用しているので、その栽培結果の確認だ。菌床材料を地元で栽培して調達できるようになれば、普及する上で便利になる。
さて、そのエリンギだがハウスの中で菌床から大量に生えていた。ゴパルがほっとして撮影を始めていく。
エリンギは体積が大きいので、菌床一つにつき一本の割合で生えている。ほとんどは傘が開く前の段階で全体が真っ白だが、いくつかは傘が開いて茶色を帯びている。
そのどちらもゴパルが接写で撮影して、キノコの大きさを測ったり病害虫の発生有無を調べたりしていく。カルパナとケシャブもハウス内に入って、嬉しそうに眺めていた。
撮影を終えて、ゴパルが穏やかな笑みをカルパナとケシャブに向けた。
「申し分ない出来ですね。さすがです。撮影記録をしましたので出荷しても大丈夫ですよ」
喜び顔のケシャブが作業員に命じると、収穫作業が始まった。すぐに袋がいっぱいになっていき、それらをジプシーに乗せていく。
その様子を見ながら、カルパナがゴパルに聞いた。
「稲ワラではやはり栄養が足らないんですね。大豆稈を使うと見違えるくらいに大きく育っていて驚きました」
ゴパルがスマホをポケットに突っ込んだ。
「他にも栄養補助の材料を加えていますけれどね。エリンギは胞子を大量に飛ばす性質があります。その分、連作障害が起きやすいので注意してください」
具体的には、この簡易ハウスを別の場所に移動する事になる。
カルパナが了解して移動予定先を指差した。十数メートルほど離れている耕作放棄された段々畑だ。
「風向きも考えて、あの場所にしました。これからはフェワ湖からの上昇気流が弱まって、アンナプルナ連峰からの冷たい風が吹き下ろしてきます。風の道のようなものがあるんですよ」
ナウダンダは南東向きの斜面にあるので冷たい風の直撃は受けにくいのだが、念には念を入れたのだろう。




