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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
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慰労会が終わって

 クシュ教授から食費を経費では落とせないと言われていたので自腹になったのだが、結構余裕の表情のゴパルだ。

 カルパナがある程度お金を払おうと申し出たのだが、穏やかに断った。感心しているカルパナである。

「本当にお金持ちになったんですね」

 ドヤ顔で明るく笑うゴパル。

「クシュ教授によると、低温蔵がかなり注目されているそうなんですよ。共同研究の提案が多くきていると聞きます」


 タクシーを呼んだが、この時期は忙しいようで一台しか来なかった。カルパナがヤマを誘う。

「それでは、私がヤマさんを宿まで送りますね。その後でパメの家に戻ります」

 ゴパルが肯定的に首を振った。

「すいません、よろしくお願いします」

 ヤマが改めてゴパルとカルパナに食事会の礼を述べた。ネパール式に合掌している。

「今日は本当にありがとうございました。次回は私が支払いますね」


 ヤマとカルパナを乗せたタクシーが走り出した。そのテールランプを見送ったゴパルが、首と肩を回してからネクタイを緩める。

「ふう……個人的には居酒屋で飲むのが一番気が楽なんだけどね」

 この時間は既に日が沈んでいて夕闇に包まれつつあった。アンナプルナ連峰やマチャプチャレ峰の氷雪の壁も月明りを反射し始めている。

 目の前のフェワ湖の水面は、対岸のレイクサイドの明かりを映している。左側に迫る王妃の森は一足早く夕闇に沈んで、真っ暗になっていた。

(こういう落ち着いた景色も良いものだな。酔っぱらっていると、なおさら良い感じに見えるよ)


 ゴパルがしばらくの間、ぼーっとして突っ立って景色の変化を眺めていると、協会長がやって来た。忙しかったようで、白髪が多く交じる七三分けの髪が少し崩れている。

「残念。ヤマ様とカルパナさんはもう出立してしまいましたか。見送りたかったのですが……」

 すかさず、いつもの男スタッフがチヤを二つ運んできた。苦笑しながら受け取るゴパルと協会長だ。チップ込みの代金をゴパルが支払う。

 協会長が驚いた表情に変わった。

「ゴパル先生……本当に金欠から脱したのですね」

 ゴパルが軽いジト目になって頭をかいた。

「カルパナさんからも言われました。ですが、毎日こんな食事ができるほどの金持ちには、なっていませんよ」

 実際、普段住んでいるABCでは宿代は経費で落ちている。食費は自腹だが。そのため、お金を使う機会が大してないだけだろう。


 ゴパルが話題を変えて、ヤマの苦労話を協会長に伝えた。協会長も知っているようで、軽く腕組みをしながら困ったような笑顔を浮かべて聞いている。

 サト事件の話を聞き終えてから、協会長が口を開いた。

「農村開発は、思っている以上に難しいものです」

 集落には多くの人が居る。彼らの生活や将来がかかってくるため、どうしても意見の対立や利益誘導が起こりやすい。それに加えてグルン族やマガール族では、退役軍人がその退職金を使って集落の発展に尽くしてきた歴史がある。

 そういう所へ外国人がひょっこり入り込んでも、なかなか上手くいかないものだ。言葉の問題もある。


 協会長がチヤをすすりながら、ゴパルに気楽に笑いかけた。

「KL事業は例外だと思います。バッタライ家とタパ家という強力な地元組織がありますからね。隠者様による宗教的な寛容態度も良い方向へ作用しています」

 協会長が少しドヤ顔になって微笑んだ。

「それに、ホテル協会という大きな需要が既に存在していましたので、KLを使った食材の販売先にも困りませんしね」

 素直に同意するゴパルだ。チヤをすすりながら、月明りに照らされていくアンナプルナ連峰とマチャプチャレ峰を見上げる。

「その通りですね。元々、KL事業は低温蔵の事業のオマケのような扱いだったんですよ。クシュ教授の判断で力を注ぐ事になりましたが、ここまで大きくなるとは予想していませんでした」


 協会長がいたずらっぽい視線を向けた。

「そういえば、低温蔵で仕込んだ火腿やウォッシュチーズの出来が良かったそうですね。いつの日か、ポカラでも試食会を開きたいものです」

 ゴパルが目を点にしている。

「凄いですね。もう、その話を聞いたんですか」

 そう言って驚いてから、軽く頭をかいた。

「……ですが、研究用なんですよ。商業販売は想定していません。リテパニ酪農で請け負ってもらうとしても、ポカラは亜熱帯ですからね……気温が高くて難しいんですよ」

 協会長がニッコリと微笑んだ。

「ポカラにこだわる必要はないと思いますよ。プン族の拠点になっているゴレパニという宿場町がありまして、そこの標高が2700メートルほどあるんですよ。雪が降る場所で、電気と水道にも不便はありません」

 周囲は高原になっているので牧草栽培や、放牧しての酪農も可能だ。ただ、車道が通っていないために、出来上がったチーズはロバ隊にナヤプルまで運んでもらう事になるが。

 ゴパルが感心しながら聞いて、チヤを飲み干した。

「ゴレパニにチーズ工房ですか。私はまだ行ったことがないので、何とも判断できませんが……面白そうですね」

 内心では、誰か他の人が担当になる事を祈っているようだが。


挿絵(By みてみん)


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