オリーブ油搾り
オリーブ油を搾る工程は前回撮影した時と同じだったので、今回は簡単に済ませるゴパルだ。作業小屋の中は立ち入り禁止なので、窓の外から中を見る。
作業員は全員が白いツナギ服を着ていて、頭にも袋帽を被っているため皆同じように見える。それでもレカだけは、その挙動不審な動きのせいで容易に判別できた。
窓の外から手を振るゴパルとカルパナだ。が、隣にラジェシュがニヤニヤしながら立っているので、レカは無視して黙々と作業を続けている。
ゴパルが小首をかしげた。
「太っているようには見えませんよ。気のせいでは?」
ラジェシュがジト目になって、大きくため息をついた。
「ゴパル先生……女を見る目を養った方がいいですよ。ほら、このカルパナさんだって一キロほど増えて……ぐぎゃ」
カルパナがラジェシュの脇腹を小突きながら、穏やかに微笑む。口元は多少こわばっているようだが。
「それ以上口走ると、唐辛子スプレーをかけますよ」
ひゃあ、と事務所へ逃げていくラジェシュをジト目で見送ったカルパナが、耳の先を赤くしながらゴパルに振り向いた。
「そ、そんなに増えていませんからね」
ニッコリ笑うゴパルだ。
「カルパナさんは畑仕事で大忙しですから、痩せてしまうと心配になります。気候も良いですし、多少の変化は当たり前ですよ。どうせ三ヶ月後には暑い季節になって痩せますしね」
ポカラでは猛暑になる事はないのだが、ほっとした表情になっていくカルパナである。
「ゴパル先生の体もかなり引き締まってきていますよ。それでは、事務所に行って油の味見をしましょうか。オリーブ油の注文をしないといけませんし」
ここで簡単に再度説明しておこう。
オリーブ油を絞るのは黒紫色に熟した実で、指で押し潰す事ができるようになれば収穫適期だ。前回のような緑色をした実はサラダ用に使ったりして食べる。
収穫した黒紫色の実は、その日のうちに油を搾る。実を水洗いしてから石臼で潰してペースト状にし、まずは重石をかけずに自重だけで油を取る。これが最高級品で油の花と呼ばれている。
続いて重石をかけて油を搾る。この一番搾りがバージンオイルと呼ばれる。この中で鑑定士によって認められた油がエクストラバージンオイルとなる……が、ネパールには鑑定団体がないのでバージンオイルだけだ。同じ理由で油の等級分けもされていない。
搾ったままでは水分が多く含まれているので、遠心分離する。搾りたては抹茶色なのだが、二週間ほど経過すると黄色に変わる。搾る時期によって風味が異なるので、ブレンドして調整している。
ちなみに家庭で搾る際には、種を取り除いてから二重にした丈夫なビニール袋にオリーブの実を入れて踏み潰す。三十分から一時間ほどかけてじっくり潰し、コーヒーの紙フィルターで濾して静置する。数時間ほどすると油と水が分離するので、油だけを容器に移せば完成だ。
小さなグラスで今回の搾りたて油を味見したカルパナが、満足そうに微笑んで肯定的に首を振った。
「前回よりも、良くなっていますね。サビちゃんも喜びます」
ラジェシュも味見して同意している。今は大真面目な表情だ。
「草の臭いがかなり減ってきているかな。使い勝手が良くなってきたか。売り込みしやすくなるのは大歓迎だよ」
ゴパルは事務所員が作ってくれたカプレーゼを幸せそうに食べている。油の味見はカルパナとラジェシュに丸投げしていた。
「考えてみると、KLを使った食材が増えてきましたよね。チーズと小麦、トマト、それにオリーブ油。懇親会で使えるかも」
ここでいう懇親会とは、KL開発に関わっている研究機関や企業が集う場を指す。
カルパナもカプレーゼを口にして微笑んだ。早速スマホを取り出して、サビーナとクシュ教授に味見の感想を送っている。
「そう言えばそうですね。いつの間にか増えてきました。ピザでしたら、KLを使った素材だけで焼けるかも知れませんね」
ラジェシュもカプレーゼを口に放り込んで、満足そうに食べている。
「KLには知名度がないし、説明も面倒だからなあ。KLや光合成細菌の名前を出した所で宣伝にはならないさ。地元ポカラ産といって売り込んだ方が良いだろうね」
素直に同意するゴパルだ。
「ですよね。KLの説明は私でも完璧にはできませんし。首都とポカラのKLでも菌の組成が違ったりしていますからねえ」
特にKL培養液やボカシになると、空気中を漂う野生の菌が繁殖したりしているので地域差が生じてしまう。糖蜜や米ぬかを殺菌せずにそのまま使っているので、なおさらだ。
早速サビーナとクシュ教授からチャットで返信が届いた。早くもオリーブ油の注文が始まったので、その受付け手続きを始めるラジェシュである。事務所員にテキパキと発送指示を下していく。
(さすが商売人のネワール族シュレスタだなあ……)
のんびりとカプレーゼを食べながら、事務仕事を眺めるゴパルだ。その横でニコニコしながらチヤをすすっているのはカルパナである。
レカが疲れ果てた姿でヨロヨロと事務室に入ってきた。作業服から今はヨレヨレのサルワールカミーズに着替えている。
カルパナからチヤを受け取って、泣き言を漏らし始めた。
「うひ~……ダイエットつらいよ~。いっその事、もう殺してくれえ」
そう言いながらもチヤをすすると、みるみるうちに生き返っていくが。
さらにカプレーゼも食べ始めたレカである。そんな彼女を呆れた表情で見つめたラジェシュが、ゴパルに顔を向けた。
「ああそうだ、ゴパル先生。エメンタール風チーズづくり用に送ってもらった乳酸菌ですけど、なかなか良い感じで発酵していますよ。ちょっと見てみますか」
レカは猫のようにカルパナにじゃれついているので、カルパナは動けないようだ。
ゴパルが空になったチヤのグラスを置いて、立ち上がった。
「そうですね。ぜひ見せてください」




