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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
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サト事件ふたたび

 ダナが民宿ナングロへ入っていくのを見送ったゴパルが後片付けを始めると、アルビンがやって来た。頭の毛糸の帽子が一回りほど大きなサイズに変わっている。

「試食どうでしたか? 売れそうですかね?」

 ゴパルが頭をかいて両目を閉じた。

「すいません。今の段階では売り物にはなりませんね。次回に期待という所です。当面は酒と発酵チーズで我慢してください」

 研究用に作っているので、失敗する事がほとんどだ。


 空になったチヤの小ジョッキを回収したアルビンが、低温蔵の中に設けられている祭壇に目を向けた。祭壇といっても、取って付けたような粗末な台なのだが。その祭壇の上にバナナチップの袋が供えられていた。いうまでもなく駄菓子の類だ。

 アルビンが細くて短い眉を上下させて笑う。

「これって、もしかしてチャッテ祭の供物ですか? ゴパルの旦那」

 ゴパルが首を引っ込めてうなずいた。

「チャッテ祭なので、スルヤ君がナヤプルで買ったのを供えてみました」


 チャッテ祭は、太陽神スルヤに祈りを捧げて祝う祭祀だ。四日間続く。平野が広がるテライ地域の方が盛んで、ガンジス川の支流に人が集まる。

 この際に、妻の女神や英雄カルナも一緒に祝うのが一般的だ。バナナはその英雄カルナの好物とされている。しかし、駄菓子で代用するのはどうかと思うが。


 アルビンが少し呆れながら笑っている。

「ゴミは少なくて済みますから、アンナプルナ女神は黙認するかも知れませんね」

 そう言ってから、真面目な顔つきに変わった。

「支援隊のサトって人なんですけれどね、新情報が入りました。また騒動を起こしましたよ」


 サトはカリカ地区で農業開発局の仕事をしているのだが、長期間アンナプルナ街道を旅行してサボっていた。これがバレて首都に連れ戻され、先日ようやくポカラへ戻った……のだが。

 アルビンが肩をすくめて話を続けた。

「レイクサイドで、グルン族の若いゴロツキと大ゲンカしたんですよ。で、ポカラ警察に逮捕されてしまいました」

 今後の流れとしては、日本へ強制退去処分になるらしい。後片付けの手を止めて、呆れて聞いているゴパルだ。

「うへ……大変な事になってるじゃないですか。ヤマさんも苦労が絶えないなあ」

 アルビンが同情する。彼はヤマとの直接の面識はないのだが、車で道から落ちたり、バイクの川流れをやった人という情報は耳にしている様子である。

「まだ続きがあるんですよ、ゴパルの旦那」


 サトがカリカ地区で住んでいた借家に、盗賊団が盗みに入ったと話した。バイクや無線機、PCや買ったばかりの温風暖房機と冷蔵庫まで、金目のモノが全て持ち去られてしまったらしい。

 ゴパルが両目を閉じて呻いた。

「うわあ……根こそぎ盗まれているじゃないですか。しかし、冷蔵庫って……結構重いですよ、アレ」

 アルビンがとりあえず首を振って、相づちをうった。

「ですよね。ゴパルの旦那はヤマさんとは知り合いなんですよね。お見舞いに行ってはどうですか。相当に落ち込んでいると思いますよ」

 了解するゴパルだ。ポケットからスマホを取り出す。

「分かりました。知らせてくれて、ありがとうございます、アルビンさん」


 アルビンがグラスや小ジョッキを回収して民宿へ戻っていくのを見送ってから、ゴパルがヤマ宛てにチャット文を送信した。お見舞い文を英語で作成している。

 ゴパルのような野外採集を頻繁にしている研究者は、ケガを負いやすい。病院送りになる事も大して珍しくないので、こういった文章は手馴れているようだ。

(隠者様の危惧が大当たりしているなあ……あ。もう返信がきた)

 ヤマからの返信を読んで小さく呻く。

 カリカ地区の盗賊団について注意するように、ゴパルがヤマに忠告してくれたのに、こんな事になって申し訳ない……というような内容だった。

(確か、ヤマさんは支援隊事務所に危険性を知らせたんだよね。だったら、責任は事務所側にありそうだけどなあ。ヤマさんって支援隊とは関わりないし)

 支援隊はボランティア事業だが、ヤマが担当しているのは水道の開発事業だ。組織としては別である。


 ヤマからのチャットの文面からは落胆している様子が透けて見え、気の毒に思うゴパルだ。

 ちょっと考えてから、チャットを続ける。ヤマから返事がきたので、それを読んで肯定的に首を振った。

 アルビンから話を聞いたダナが低温蔵にやって来たので、事件と状況を彼にも知らせた。

「ちょうどKL関連の撮影の予定と重なっているから、明日、ヤマさんを励ましに下山するよ。彼には色々と世話になっているからね」


 ジト目になりながらも、渋々了解するダナである。

「分かりました。元々、明日下山する予定でしたしね。オリーブとタマネギとミカンの記録撮影でしたっけ。ヤマさんに宜しく伝えておいてください」

 そう言ってから、大あくびをして民宿へ戻っていった。これから昼寝するつもりのようである。

 そんなダナを見送ったゴパルが軽く頭をかいた。

(さて。できるだけ仕事を多く済ませておこうかな。ダナ君の負担を少しでも減らしておかないとね)

 その時ヤマからのチャットが入った。それを読んで、小首をかしげるゴパル。

「ん? 食事会をするのか。意外と元気なのかな? まさかヤケ食いじゃないよね」


 しばらくして、やっと試食の後片付けを終えた。

 廃油は土ボカシづくりで使っている。アンナプルナ内院では作物の栽培は許可されていないので、花壇の花や植え込みの木の追肥用に使う予定だ。

 ここでは気温も水温も低いので、土ボカシを仕込んでいるタンクの周りに発熱ヒーターを取りつけて加温している。温度差発電による電力を使っている。


 ふう、と一息ついて民宿前の石畳の前庭で、ベンチに座ってチヤ休憩をするゴパルである。ダナは昼寝を終えて、今は食堂で何か食べているようだ。

 前庭には他にもベンチやテーブルがあり、欧米からの観光客がビールを飲みながら日向ぼっこして談笑している。目を西に向けると、真っ白い氷雪の衣をまとったアンナプルナ主峰が日差しにキラキラ反射して輝いていた。

 とりあえずスマホを向けてみるが、やはりピントが合わないので諦めるゴパルだ。

(残念。ん? またチャットが届いてる。カマル社長からだ)


 バクタプール酒造では、夜明け前からブドウの収穫を始めたと知らせてきた。

 当然のようにクシュ教授はバングラへ出張していて不在だ。ラメシュも博士課程の研究で忙しくて、収穫に立ち会えていない。

 ジト目になるゴパルである。

(面倒を見るって言ってたじゃないですか、もう……)

 カマル社長によると、二週間ほど経てば赤白ワインともに大よその発酵具合が分かるという事だった。その後も発酵を続けて、熟成工程に移る流れである。

 早速返信を書いて送る。

(良い出来に仕上がるように、アンナプルナ女神様に祈っておきますね……と)

 アンナプルナ女神は豊穣の神だ。酒の神ではないのだが、細かい事は考えないゴパルである。何しろ駄菓子のバナナチップを供物にするような男だ。


 続いてクシュ教授からメールが届いた。ブドウ種の有効利用についての研究で、進展があったと記している。添付資料は論文で、それにざっと目を通したゴパルが感心した。

(へえ……女性ホルモンの代わりに使えるかも知れないのか)

 ブドウの種に含まれる成分には女性ホルモンは含まれていないのだが、腸内細菌に影響を及ぼす。その結果として、女性ホルモンの機能の一部を肩代わりするという内容だった。機能の全てを肩代わりするのではない。

 論文で指摘しているのはメタボ体型の改善効果だった。ブドウ種に含まれるのは微量なので、商品化するには有効成分を濃縮しないといけないが。


 とりあえず、話のネタとして使えるかな……と思い、カマル社長に転送して内容を簡単に書き添えた。

(なぜバングラで薬学部の教授と知り合ったのかは、聞かない方が良さそうだな)


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