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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
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シイタケの包み焼きと鯉のグリル

 着替えたゴパルが階段を駆け下りてきたので、会議室で試食会が始まった。ゴパルがキョトンとしている。

「あれ? 今回は私とカルパナさんの二人だけなんですか」

 カルパナが少し緊張した表情になってうなずいた。

「そのようですね。サビちゃんめ、図ったな」

 とにかくも、給仕長に案内されてテーブルにつく。この試食会は給仕の練習の場でもあるので、給仕も緊張気味だ。また新たに雇ったらしい。

「給仕の態度や仕事ぶりを遠慮なく指摘してくださいね。アバヤ先生が居ないと、気が抜ける傾向があるんですよ」

 ゴパルが想像しながら軽く首を振って、給仕長に了解した。

「アバヤ先生は常連客ですからね。怒らせてしまうと大変そうですし。分かりました、私なんかで良ければ気がついた点を指摘してみましょう」


 前菜はシイタケと野生キノコの和紙包み焼きだった。ゴパルが感心する。

「早速シイタケ料理が出るんですね。楽しみです」

 二人とも運転していないので、今回の飲み物はバクタプール酒造産の発泡ワインにした。ただし、ワイン瓶一本を飲み切るのは大変なので、グラスでの注文にしているが。

 その後の料理は、魚料理として鯉のグリル、肉料理として鳩のローストとなった。給仕長がゴパルとカルパナに謝る。

「すいません。焼き物が続いてしまいますね。鯉の方には赤ワインソースを使っていますので、飲むのは赤ワインでも問題ないと思います」

 ゴパルが同意した。

「試食ですから、お気遣いなく。なるほど、それなら赤ワインにしましょうか。仕事柄バクタプール酒造のワインばかりになって恐縮なのですが……それで構いませんか?」

 カルパナが気楽な表情で肯定的に首を振った。

「良いと思いますよ。二人で赤ワインの瓶を一本空けるという事ですよね。酔ってしまいそうですが、その量でしたら大丈夫です」

 そう言ってから、困ったような笑顔を浮かべた。

「サビちゃんに付きあうと、普通は二本以上空けてしまうんですよ、あはは」

 給仕長はよく知っているようで、特に何も言わなかった。

「かしこまりました。ではバクタプール酒造産の赤ワインを一本用意しましょう」


 テーブルに水が注がれたグラスと、パン、バターが置かれた。その後でグラスに注がれた発泡ワインが運ばれてくる。

 それに口をつけたゴパルが、口を真一文字にして両目を閉じた。

「……うーん。まだまだ改良すべき点が山積していますね。まずは、このチソのような大きな泡を小さくさせないとなあ……」

 カルパナも一口飲んで穏やかにうなずいた。ちなみにネパールでは乾杯の習慣はない。

「私はこれでも十分に美味しいと思いますよ。チソの炭酸に慣れていますから、このくらい大きな泡の方が親しみがあります」


 続いて前菜のシイタケ料理が運ばれてきた。ロクタ和紙に包まれている。

「シイタケと野生キノコのロクタ和紙包み焼きです」

 給仕が緊張しながら料理の簡単な説明を始めた。

 生シイタケと野生キノコをよく掃除してから、米の蒸留酒である地酒のロキシーに浸ける。酒がキノコの中に染み込んだら取り上げて、岩塩を少々振る。

 ロクタ和紙を用意して、野菜のダシで茹でた香味野菜と新鮮な香草を敷き、その上にキノコを乗せる。最後に無塩バターを少量乗せてロクタ和紙を閉じ合わせる。これをオーブンで焼き、キノコに火を通して完成だ。


 ゴパルがロクタ和紙の包みを開くと、湯気と共にキノコの香りが立ち上ってきた。

「うわ。キノコって感じの良い香りですね。では試食をしてみます」

 パクリとシイタケを食べて、幸せそうな表情になった。

「ロキシーはネワール族が仕込むタイプではなくて、グルン族が仕込むタイプかな。アルコール度数がワイン程度の蒸留酒ですよね。美味しいです」

 カルパナもニコニコしながら食べている。

「様々な香りが一度に楽しめるのも良いですね。味付けはロキシーと塩、バターだけですが、素朴で良いと思いますよ」

 そう給仕長に答えてから、少しいたずらっぽく微笑んだ。

「ですが、私達ネパール人としては、香辛料を加えてくれた方が良いかも」

 給仕長が穏やかに笑った。

「サビーナさんに伝えておきます」


 カルパナと給仕長との会話を感心して聞いていたゴパルが、発泡ワインを一口飲んで……再び両目を閉じた。

「う……出来の悪さがよく分かってしまう」

 カルパナも飲んでいるのだが、彼女は肯定的に首を振っている。

「それほど悪くはありませんよ。トレビアーノ種で仕込んでいるので、もったり感がして気楽に飲めます」


 発泡ワインはここまでにして、次に同じバクタプール酒造産の赤ワインに切り替えた。給仕長が味見をするかどうか聞いたが、ゴパルが気楽な表情で断る。

「いつも飲んでいますから、直接グラスに注いでください」

 そう言ってからカルパナに謝った。

「すいません、カルパナさん。鯉や鳩料理なのに安ワインで。本当でしたら海外の高級ワインを頼むべきなんでしょうね」

 穏やかに微笑むカルパナだ。

「鯉料理は、それほど高級ではないと思いますよ。鳩も私はよく食べていますし。普段のワインで十分です」


 給仕が鯉料理を運んできた。緊張した面持ちで料理の紹介をする。

「鯉のグリル、赤ワインソースです」

 鯉はベグナス湖で養殖されているものを使っているそうだ。手の平サイズよりも一回り小さい切り身が二つ、皿に盛りつけてある。

 給仕の説明によると、鯉の切り身を生シイタケと野生キノコ、それにマッシュルームで挟んでオーブンで焼いたという事だった。皿に盛りつけてから、とろみのある赤ワインソースをかけて完成だ。


 ゴパルが料理を見てニッコリと笑った。

「家庭料理って感じですね。なるほど、これなら普段飲みの赤ワインでも良いかも」

 カルパナもうなずいた。

「そうですね。ですが、飲み過ぎには注意してくださいね」

 この料理でもシイタケを使っているので、今回はシイタケ尽くしになりそうだな……と予想するゴパルである。

 シイタケは高級キノコなので、お値段が気になるようだ。まあ、今回は高いワインを飲んでいないので、ひっくり返るような高値ではないだろう。


 一方のカルパナは、ワインが回ってきたようだ。軽いジト目になってグチを語り始めた。

「今日のバジル結婚祭なんですが……これってどう思います? ゴパル先生」

 どうやら、ビシュヌ神には既にラクチミ女神が妻として居るのに、それを知りながらトゥルシーが出しゃばった事に納得いかない様子である。

 しかも、トゥルシーをこっそり結婚させるために、こんな祭祀が執り行われている。


 鯉の切り身をパクリと食べたカルパナが、赤ワインを一口飲んだ。

「私個人としては、ちょっとモヤモヤします」

 ゴパルが真面目に聞きながら、同意した。

「男の視点では、ビシュヌ神がだらしなさすぎますね。要はこれって浮気でしょ」

 カルパナが大きくうなずいた。

「ですよねっ。まともなのは、ラクチミ女神さまだけのような気がします。バジルに変えたのは、さすがにやり過ぎだとは思いますけど」

 しかしまあ、こういった三角関係のロマンスはネパールのドラマでも定番だ。人気のジャンルでもある。


 カルパナがコホンと小さく咳払いをして、耳の先を赤くした。

「あはは……言い過ぎました。ナビンや隠者さまには内緒にしてくださいね」

 了解するゴパルである。

「わかりました、口外しません。ですが多分、お二人も内心でそう思っているかも知れませんね」


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