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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
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シイタケの収穫開始

 セヌワへゴパルとラメシュが到着すると、カルナとニッキ、アルジュンが笑顔で出迎えてくれた。民宿街には多くのネパール人や外国人観光客が寛いでいる。

 ニッキが照れながらラメシュに話しかけた。

「見ての通り、観光シーズンで稼ぎ時なんだナ。シイタケの収穫はチャイ、明け方あたりにするつもりだよ」

 チヤをカルナから受け取って礼を述べたラメシュが素直に賛同した。

「それで良いと思います。とりあえず今回はシイタケの状態の確認と、収穫上の注意点を説明しますね」

 完全にラメシュの独壇場だ。おかげでゴパルはのん気にチヤ休憩している。


 シイタケのほだ木を組んでいる場所まで行くと、セヌワの集落の人達も集まってきていた。ほだ木にはシイタケがいくつも出ていて傘を広げている。

 ゴパルが垂れ目を細めた。

(おお。収穫の適期だね)

 ラメシュがカルナにグルン語への通訳を頼んでから説明を始める。彼も嬉しい様子で、口調がかなり明るい。

「忙しい中、来てくださってありがとうございます。収穫は明け方に行いますので、ここでは注意点を話しますね」

 カルナが慣れた様子で同時通訳を始めた。ゴパルはラメシュに丸投げしていて、スマホカメラで撮影している。


 シイタケのキノコは、低温と乾燥が続くと枯れてしまう。そのため、原基が膨らみ始めたら小さなビニール袋で包んで保湿しておく。

 ラメシュがスマホで気温データを見て、さらに補足説明した。この気温データは、ニッキの民宿の部屋に設置している測定器からのものだ。年間契約しているので置きっぱなしなのだが、ちゃんと機能している。

「霜が降りるとシイタケが痛んでしまいますので、ほだ木をゴザで覆ったり簡易の温室ハウスを設けると良いでしょう」

 そう言ってシイタケのキノコに触れた。

「収穫する際はキノコの柄を持って、もぎ取ってください。刃物で切ると、その切り口から雑菌が侵入して繁殖する恐れがあります。それと、キノコのヒダに触れないようにする事も大切ですね」

 この時期からは雨が降る心配をしなくてもよいのだが、収穫日までの二、三日間は雨に当たらないように工夫する。

 このような注意事項を話してから、カルナが同時通訳し終わるのを待つラメシュだ。いくつかシイタケを収穫して、カルナが話し終ってから提案する。

「それじゃあ、せっかくですから試食しましょうか」


 森の中なので、石を組み合わせて簡単なかまどを作る。それに火をつけて、落ち葉焚きでシイタケを塩バターで焼いた。焼けたシイタケをナイフで四つに切り、参加者に渡していく。

 ラメシュがこれらを実に手馴れた動きでやっているので、カルナが感心しながら呆れている。ゴパルは撮影係のままだ。

「もしかして、こんな落ち葉焼きキノコをどこでもやってるとか?」

 ラメシュがシイタケを塩バター焼きしながら、いたずらがバレた子供のような顔をした。

「キノコの採集旅行で時々……新鮮なうちに試食しないと味の評価ができませんので。山火事を起こした事はありませんよ」

 野生キノコにはムシが付いていたり、雑菌まみれになっている場合がある。こうして焼いてから、ごく少量を取って試食しているらしい。

 オオワライタケのような毒キノコの場合では、そうやっても口元が緩んだり、視界がおかしくなってしまうそうだが。


 さて、このシイタケの評価だが、なかなか好評のようだ。グルン語なのでラメシュやゴパルには理解できないのだが雰囲気でそう判断する。

 ニッキとアルジュンがニコニコ笑顔でラメシュの肩に太い腕を回してきた。

「さすが高級キノコだナ。美味いじゃないか」

「キノコならタガダリ連中も安心して食えるナ。もちろん、酒のツマミ料理にも使えるからチャイ、ワシらマトワリも歓迎だぜ」

 隣のカルナは目をキラキラさせながら、もう一切れ試食しようかどうか本気で悩んでいる様子だ。


 タガダリというのは、バフンやチェトリ階級、それにネワール族の上位階級を指す。ヒンズー教やネワール仏教では死後の再生が約束されている清浄階級だ。再生族とも呼ばれる。

 マトワリはいわゆる酒飲み階級の事である。タガダリの下の階層に位置していて、奴隷にならない事を約束されている。

 なお、奴隷になりうる階層がその下にあり、チベット系住民やブトワル等に住むタル族が該当する。この二つのマトワリは共に清浄カーストに分類され、不浄カーストは別に存在する。

 もちろん、このカースト制度は現在では廃止されている。


 ラメシュも試食して満足そうにうなずいた。

「うん、良い風味ですね。セヌワの名物料理にするのはどうですか? 町で売っている値段の半額くらいで売れば良いと思いますよ。ええと……首都での市場価格がキロ八百ルピーですので、半分で四百ルピーかな」

 日本円でも八百円、四百円くらいになる。

 カルナが通訳すると一斉に動揺が広がった。ニッキとアルジュンが目を白黒させている。調べていなかったらしい。

「マ、マジっすか。てっきりヒラタケよりちょっと高いくらいかと思ってたぜ」

「さすが高級キノコだナ。恐れ入った」

 ヒラタケの場合はキロ百五十円くらいだ。素直に同意するラメシュである。

「ポカラではシイタケってまだ売っていませんしね。知らないのも仕方ありません。ちなみに、干しシイタケに加工すると、首都ではキロ五千ルピーに跳ね上がりますよ。水分が抜けるので高価になるって理由もあるんですけれどね」


 簡易かまどに土を厚く被せ、火を完全に消してからラメシュがスマホで時刻を確認した。

「ではここまでにしましょう。忙しい中ありがとうございました。仕事に戻ってくださいな」

 セヌワの集落の人達が、まだざわめきながら去っていく。その後ろ姿を見送ったラメシュに、ニッキが声をかけた。

「シイタケは明日の朝に収穫するんだがチャイ、シャウリバザールの茶店オヤジの倉庫に一時保管する予定だ。それで問題ないかい?」

 茶店オヤジが何でも屋になってきているなあ……と思うラメシュとゴパルだ。ニッキが話を続けた。

「車待ちするだけだからチャイ、二時間くらいだけどナ。野生キノコだと溶けてしまったりするんだが、シイタケは大丈夫かい?」

 ラメシュが気楽な口調で答えた。大勢の人を相手にしたので緊張していたらしい。

「そのくらいなら問題ありませんよ。ですが、そうですね……腐敗防止のためにKL培養液を十倍くらいに水で薄めた液を、霧吹きでかけておくと良いかも知れませんね。乳酸菌の酸で、ある程度の鮮度保持ができます」

 まるで出番がないゴパルである。スマホでの撮影を終えてポケットに突っ込んだ。

(堂々とした講習会をしてるなあ……大したものだよ。大学で講師をしても良いんじゃないかな)


 今回のシイタケは、全量をポカラとジョムソンのホテル協会が買い取るという契約になっている。仲買人が関わらないのでその分だけ農家側の儲けが大きい。この事もニッキには好都合のようだ。

「農家にとっては、売れないと意味がないからナ。全量買い取り契約ならチャイ、文句なしだ」

 実は、ホテル協会が設定した買い取り価格よりも、高値での交渉をしてきた仲買人が居たようだが、全て断ったらしい。

 ラメシュが興味深く聞いている。

「へえ、なるほど。色んな人が動いているんですねえ」

 カルナがクスクス笑った。

「やっぱり、ラメシュ先生もゴパル先生と同じ系統なんですね。商売に疎すぎです。それが良い所なんですけど」


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