低温蔵
ティハール大祭が終わり、低温蔵では様々な酒の仕込みが始まった。仕込みといっても菌の働きを調べるためなので、ごく少量だ。
まずはバクタプール酒造から送られてきたブドウを使って、赤と白それに発砲ワインを仕込む。この際に発酵補助として微生物学研究室で培養した酵母菌や乳酸菌を添加する。その働きを調べるのが目的だ。
同時に、発売されているワインを何本か貯蔵する事もしている。赤ワイン用の品種であるテンプラリーニョ種は長期熟成にも耐えるので、熟成による味の変化を調べるためだ。白ワイン用のトレビアーノ種はそれほどでもないのだが、長期熟成を試している。
働きを調べたい菌は多くあるので、仕込む数も増える。特にドローン輸送が始まってからは、クシュ教授が手当たり次第に菌を送ってくるようになった。仕込みはタンクではなくてフラスコを使っているのだが、それらを定温庫に入れながらダナがため息をつく。
「だから言ったでしょ。忙しくなる一方だって。博士課程用の研究に割く時間を減らされているんですよ、ゴパルさん」
ゴパルも手伝いながら同情した。
「クシュ教授に何度も言っているんだけどね。低温蔵に常駐してくれそうな技官が見つからないそうなんだよ。仕事ばかり増えて人手が足りないよね、本当に」
ラメシュが新たなフラスコを運んできた。
「普通の人は、標高4100メートルの小屋まで来ませんよ。山が好きな人じゃないと無理でしょうね」
ちなみに三人の服装は、アマダブラムという国産の登山着メーカーが提供してくれている。強力隊やロバ隊、登山ガイド向けのメーカーなので、デザインはかなり地味である。ゴパルだけはポカラで買いこんだ防寒着があるので、交代で着ているようだ。
ゴパルが続いてツクチェ産のリンゴをミキサーにかけた。その糖度や他の成分を簡易測定してから糖を足して調整し、酵母菌を加えていく。
これはシードル用に開発している酵母菌の実験だ。仕込んだ後でフラスコに入れて定温庫に入れる。ワインとシードルとでは発酵の最適温度が異なるので、別々の場所にしている。
後で発酵が終了すると、ろ過する。その際に生じた絞りカスは、ブドウやリンゴのブランデーを作る際に使う。
ゴパルが苦笑しながら、先日仕込んだ日本酒やどぶろく、古代酒のタンクをポンポン叩いた。どぶろくは当初仕込まない予定だったのだが、アルビン達の要望に押し切られてしまった。
「酒蔵にしか見えないよね……ははは。発酵チーズや火腿もやってるし、菌の低温保存庫も順調に増えているんだけどね」
火腿は、豚の足をカビで覆い発酵させて作る食材だ。今はまだ予備実験の段階なので子豚の足を使っている。
ラメシュもタンクをコツコツ叩いた。
「発酵が落ち着いてきましたので、順調ですね。地酒のチャンやロキシーの発酵も良い感じです。また試飲会を開くことができそうですね」
ダナがジト目になった。
「酒飲みが殺到すると、面倒事に巻き込まれるんですよね。二日酔いで低温蔵の仕事をするのは、しんどいので嫌なんですけど」
ここで仕込んだ酒は美味しいという評判が広がりつつあって、酒の材料を持ち込んでくる人が増えてきていた。山米やモチ米、モチ粟を求めていたせいでもあるのだが……チャーメからもソバの実が届いていて、これを使ってのソバ焼酎づくりまで行う羽目になっている。
一仕事終えてゴパルが首と肩を回した。
「よし。これで片付いたかな。それじゃあ、ダナ君は留守番をよろしく頼むね。ラメシュ君、そろそろ下山の準備を始めようか」
ラメシュも仕事を終え、メガネを拭きながら同意した。
「はい。シイタケの収穫を撮影記録しないといけませんからね。ダナ、後はよろしくな」
ダナがジト目のままで了解する。
「当面の間は管理仕事だけだから、僕だけで何とかなるよ。首都に戻ったらスルヤに何かおごってあげて。一人で僕ら三人分の博士課程の研究をやってるからさ」
ゴパルが肩をすくめた。
「人手不足だよねえ……」




