魚とフォワグラと鴨料理
続いてニジマスのカルパッチョが運ばれてきた。給仕の説明によると、ザリガニのパテとスモモのゼリーを添えてあるという事だった。ワインも遠慮なく注文されて、給仕長が対応している。
(ネパール産のワインは注文してくれなかったか……残念)
ヤマが注文している銘柄名を聞くと、どうやらイタリア産の白ワインのようだ。そんな感じの単語の印象である。ゴパルがテーブルに置いているスマホの自動翻訳アプリでも反応していないので、正確には分からないが。
ただ、実際にワイングラスに注がれたのを飲んでみると、問答無用で美味しかったのは確かである。ため息をつくゴパルだ。
(ワインの道のりも険しいなあ……)
ニジマス料理はヤマ達に好評のようだった。ただ、ザリガニはあまり食べた経験がなさそうで、珍味扱いされているが。ゴパルもザリガニは普通食べないので、やはり同じように珍味扱いしている。
(臭みもなくて素朴で美味しいんだけどね……でも、ニジマスのカルパッチョとは相性が良いな)
水牛君達は掃除機のように料理をパクパク食べている。どうやら、食事を抜いて準備していたらしい。
ゴパルが水牛君にそっと告げた。
「この前のように、食べながら気絶しないでくださいね。アバヤ先生が怒り狂いますよ」
水牛君が恥ずかしそうに頭をかく。
「あ~……その節は失礼しました。ああでも、会食に支援隊員が参加している事は、なるべく口外しないでくださいね。他の任地で仕事をしている支援隊員から嫉妬されてしまいますので」
微妙な表情になるゴパルだったが、とりあえずここは了解した。
次に運ばれてきたのはフォワグラのナッツ添えだった。ワインは白のままで続けるそうである。ゴパルがフォワグラの香りをかいで、これも欧州からの輸入品だなと直感した。
(バルシヤ社長、すいません……)
作り方を簡単に紹介しておこう。ここでは四人前の量で書いてみる。
まずヘーゼルナッツを百グラム用意し、軽く空煎りしてナッツの内部まで火を通してから細かく刻む。これを甘口でアルコール度数が高い白ワインに一晩漬けこんでおく。
フォワグラを四百グラム用意し、野菜のダシを加えた熱湯に入れて数分間茹で、パサパサにならない程度で火が通ったら冷水に入れて冷やす。冷めたらフォワグラ表面の薄皮をはがし、掃除をして塩コショウを振る。
フォワグラの上にヘーゼルナッツを厚く塗り、布で包んで両端を結ぶ。こうするとソーセージのような見た目になる。そのまま冷蔵庫に入れて四、五日間ほど寝かして完成だ。
注文が入ったら、布の包みを取り除き、ソーセージ状のフォワグラを薄く切って皿に盛りつける。付け合わせは今回、クルミ油と白ワイン酢のドレッシングで味付けをしたサラダだった。
フォワグラを一切れ食べて、ゴパルがしみじみとした表情になった。
(美味いよねえ……どうも、サビーナさんから仕事頑張れって、叱られているみたいだ)
まあ、その通りなのだろう。改めて課題が山積している事を実感するゴパルである。
次は鴨料理という事なので、ワインを赤に変えるヤマだ。今度はフランス語のような語感の単語を耳にするゴパルである。やはり今回も自動翻訳アプリは反応しなかった。
(ワインの銘柄までは網羅していないよね。でもまあ、会食で話している日本語は概ねネパール語に自動翻訳できていたから、十分役に立ったかな)
とはいえ、普通に料理やワインの感想ばかりで、仕事関連の話は全くしていなかったヤマ達なのだが。
赤ワインを給仕長がグラスに注いでいく。高級ワインだな、と香りだけで確信するゴパルだ。しかも会食に参加している人数が十人なので、ワインの瓶を一度に二本開けている。
(ワインの値段は聞かないようにしよう……絶対に私の給料よりも高いだろうし)
やがて鴨料理が運ばれてきた。給仕長が大皿の上に乗っている三羽の鴨肉を切り分けて、皿に盛りつけ始めた。
「鴨のグリル、白桃添えです」
この料理も簡単に作り方を紹介しておこう。
鴨は羽をむしって掃除してから、首づる等をブツ切りにしておく。
鍋にバターを塗り、その上に鴨を形よく整えて詰めていく。さらにバターをたっぷりと加えてから中火のオーブンで焼く。焼きあがったら、鍋から鴨を取り出して保温しておく。
別の小鍋に砂糖を入れて、火にかけてカラメルをつくる。酢を加えて少し煮詰め、ブイヨンを加えて混ぜる。
これを鴨を焼いた鍋に注いで、鴨の手羽先や首、爪を切り落とした足先を加えて煮込む。煮詰まってきたら、子牛のダシ汁を加えてさらに煮込む。
今回は日本人の会食なので牛を使っていると給仕長が説明してくれた。ゴパルは無視されているようである。ちなみにこのダシ汁には汎用小麦粉を少量使っているため、口当たりが少々重く感じる。
最後に、香りづけに桃のリキュールを振りかけて、アルコールを飛ばしてから火を止める。ろ過して別の鍋に移し、バターを加えて塩コショウを振り、味を調えてソースに仕上げる。
保温しておいた鴨を給仕長が切り分けて皿に盛りつけ、胸肉にこのソースをかけて完成だ。もも肉にはソースをかけていない。
付け合わせの桃は、熱湯にくぐらせて冷水に落してから皮をむき、二つに切って中の種を取り除く。これに軽く砂糖を振りかけて、バーナーの炎で炙ってカラメル状にする。これを盛りつけ皿に添えている。
ゴパルが一口食べて目をキラキラさせた。
「美味しいですねっ。牛が使われているようですが、知らなかった事にしますです」
給仕長が申し訳ない口調でゴパルに謝った。
「すいません。ヒンズー教徒向けでは鴨や鶏のダシを使っているのですが、サビーナ料理長がタダ飯食らいに気を使う必要はないと言い張りまして……」
その通りなので素直に納得しているゴパルである。
「お気になさらず。今回の主役はヤマさん達です」
鴨を三羽使った料理だったのだが、支援隊員には足りなかったようだ。追加で何品かアラカルト料理を注文している。
ヤマ達はワインやブランデーを飲みながら資料をテーブルの上に置いて、仕事関連の話を始めた。甘党の人も居るようで、その人はチョコレートケーキを注文している。ヤマはチーズ盛り合わせを注文したい様子だったが、臭いを気にしてか断念した。
ゴパルはブランデーをチビチビすすりながらヤマ達の会話を聞いている。スマホの画面に次々に自動翻訳されていく文面を流し見していく。
(酒が入っているから、仕事の話といっても雑談程度の内容だな。親睦会といった方が良さそうだよね)
水牛君達がアラカルト料理を食べ終えて満足した表情になった。それをニコニコしながら見たヤマが資料をカバンの中へ入れる。
「さて、お開きにしましょうか。有意義な会食でした。皆さん、今後ともよろしくお願いしますね」
援助隊員や視察団の人達が談笑しながら席を立ち、ロビーへ向かって行く。それを見送って、支払いを済ませるヤマだ。
ゴパルがチラリと見て両目を閉じた。
(やっぱり、凄い料金だったな……)
改めてヤマに礼を述べる。
「ヤマさん、今回は会食に呼んでくださって、ありがとうございました。とても楽しめましたが、食べてばかりでヤマさんの役に立ちませんでしたね、すいません」
まあ、実際その通りである。ヤマが穏やかに微笑んだ。
「経費で落ちますので問題ありませんよ。今回もカード決済ですから私の財布は無傷です」
ヤマ達はこれからレイクサイドのバーに繰り出すらしい。ロビーで手を振って見送るゴパルだ。協会長が受付けカウンターからヤマに声をかけた。
「ヤマ様。三十分後から花火大会が開催されます。チャパコットで花火を打ち上げますので、フェワ湖越しにレイクサイド側から見るという趣向になりますね。湖に面したバーの席を確保しておくと良いと思いますよ」
了解するヤマだ。
「分かりました。ではすぐに行って席を確保しましょう。水牛君、ひとっ走りしてください」
水牛君達も酒をかなり飲んでいたので、バイクには乗れない。タクシーを呼んで乗り込んだ。
「それじゃあ、行ってきます!」
てえええっ……と、何事か喚きながらタクシーで走り去っていった。
「それでは、我々も出発しましょう」
そう言って、ヤマと視察団の人達も次のタクシーに分乗し始めた。
ゴパルがネクタイを緩めて一息ついた。受付けカウンターに立っている協会長につぶやく。
「どうも、こういった食事会は苦手ですね……料理と酒は美味しいのですが」
協会長が穏やかに微笑んで答えた。
「そういうものですよ。ゴパル先生も花火見物に行ってはどうですか?」
そこへゴパルのスマホにチャットが入った。協会長に断ってチャットアプリを開いたゴパルが、肯定的に首を振る。
「カルパナさんからでした。パメの家で巡礼客と一緒に花火を見ませんかという事ですので、ちょっと行ってきますね。ああ、その前に服を着替えないといけないかな」
協会長が素直に同意した。
「ですね。ワインの香りがついていると思いますし、もしかすると牛の臭いもついているかも知れませんからね」




