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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
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会食

 夕方になり、二階の角部屋で経費報告を書いていたゴパルが手を休めて背伸びをした。窓の外には雄大なマチャプチャレ峰がそびえていて、その峰を囲むようにアンナプルナ連峰の巨大な氷雪の壁が見える。

(ポカラから見るには、この時期が一番良いな。さて、そろそろ会食の時間か。タダ飯なので申し訳ないけど、まあいいよね)


 ふと思い、スマホを取り出してチャットを確認していく。

 カルパナはパメの家で祭祀の後片付けや、夕食の準備で大忙しのようだった。レカはちゃっかりとディーパク助手とデートしていると、彼女の兄のラジェシュから情報が入っている。カルナはナビンのファンクラブに行って大いに騒いでいる……と、ナビン本人からのチャットを読むゴパルだ。

 最後にラメシュから低温蔵での仕事を終えたというチャットを読んで、ゆっくり休んでくださいと返事を送る。

 ダナとスルヤは首都に居るのだが、クシュ教授への文句を書き連ねていた。いつも通りだ。これには適当に返信して、スマホをポケットに突っ込む。

(会食に誰か誘おうかと思ったんだけど、ちょっと無理そうだな。一人で行くとするか)


 ロビーに下りると、背広にネクタイを締めたヤマが窮屈そうな顔をしながら立っていた。ゴパルに合掌して挨拶する。

「こんばんは、ゴパル先生。んー、こんにちはの時間帯かな? 会食に参加してくださって、ありがとうございます。そろそろ皆さんが集まる時刻ですね」

 ゴパルが自身の服装を見て、頭をかいた。

「私もネクタイを締めてきた方が良さそうですね。部屋に戻って着替えてきます」

 ヤマが恐縮した。

「すいません、そうしてもらえると助かります」


 ゴパルが海外の学会で着る背広を羽織り、ネクタイを締めて出直してくると、ちょうどロビーに数名の日本人が入ってきた所だった。ヤマよりも歳が多い顔つきで、背広にネクタイ姿である。支援隊もヤマの側に立っているのだが、彼らも背広にネクタイ姿だ。

 支援隊の水牛君からヤマが資料を受け取る。それを相手に手渡しながらレストランへ案内していく。最後尾につくゴパルだ。

(欧米だと仕事の話をするのはランチ時なんだけど、日本では違うのかな。あ。アバヤ先生だ)


 ロビーにはアバヤ医師も居た。ジト目になってゴパルを見ているので、声をかけてみる。

「ヤマさんから誘われて、これから会食に参加します。アバヤ先生はどうしますか?」

 否定的に首を振って答えるアバヤ医師である。

「バーで酒を引っかけてから、カンニャ大学前の喫茶店に行くよ。オッサンどもの難しい顔を見るよりも、女子大生の笑顔を見た方が健康に良いからな」

 どうやら相変わらず人間観察を続けているようだ。ゴパルが苦笑しながら同意した。

「一理ありますね。ですが、あんまり長い間病院を留守にするのは良くないと思いますよ」


 アバヤ医師がジト目を強めた。

「ゴパル君までソレを言うかね。クソバンドの演奏会のせいで、ケガ人が出ているんだよな。勝手に騒いでケガしてるから、自業自得だと診察拒否して追い出したばかりだ」

 そんな事になっていたのか、と驚くゴパルである。アバヤ医師がジト目のままで話を続けた。

「診察する気力も萎えたから病院を息子に任せて、こうして活力を復活させるために行動しているんだよ。実に理想的な医者の姿ではないかね?」

 このヤブ医者は……と呆れるゴパルであったが、ここは穏便に流す事にしたようだ。

「日本人だけの会食に参加するのは初めてなんですよ。ちょっと楽しみです。モリさんとの時は、他の国の人達と一緒でしたし」

 アバヤ医師が鼻で笑った。

「フフン。意見交換や視察の感想ばかりで、肝心の事業投資や契約については口にしないのが会食だ。時間の無駄だぞ。せいぜい、支援隊の連中が飽きて騒動を起こさないように見張っておく事だ」


 アバヤ医師がロビーから出ていくのを見送ったゴパルが、軽く腕組みをした。

(ふむ……雑談を交わす食事会って事かな。まあそれでも良いけど。さて、私もレストランへ入るとするか)


 会食では、ゴパルは支援隊員と同じく末席に座った。スマホを取り出して自動翻訳アプリを起動させる。音声会話をネパール語に同時翻訳するアプリだ。ポカラ工業大学作成である。

 隣の席は水牛君だったので、レカナートの様子を聞いてみる。どうやらひび割れた天井の修理は終わったらしい。

「ついでに、借家の前に排水管を埋設する予定なんですよ。あの辺りって、雨が降ると水が溜まって池になってしまうもので。困ったものです、あ~」

 彼が住んでいる場所は丘のふもとなので、雨が降ると丘から流れ落ちてきた沢水が氾濫するらしい。本物の水牛の憩いの場になってしまう。

 排水さえ良好になれば、良い農場になると水牛君が力説する。どうやら、借家の近くに農業開発局の圃場を設けるようである。

「毎年、様々な新品種が導入されていますから、その紹介をしてみたいんですよ。あ~」

 感心して聞くゴパルだ。

「良い考えですね。品種カタログだけ読んでも、分からない事ばかりですしね」


 水牛君によると、会食は何度も経験しているという話だった。南アジアを視察する際に、ポカラは人気候補に挙がるらしい。

 楽してヒマラヤ山脈を見ようと思えば、ポカラは確かに便利だ。それほど人口も多くないので、他の南アジアの都市のような混雑とも無縁である。気温も暑すぎず寒すぎずだ。ただ、雨期は全く人気がないそうだが。

「今月はこれで三度目の会食なんですよ。資料の準備が大変です。俺達の仕事にも支障が出るほどですね、あ~」

 ゴパルも微生物学研究室の研究関連で企業や政府機関、慈善団体を相手にして接待する事がある。そのため、気持ちは十分に分かるらしい。深くうなずいている。

「ですよね……私もそのせいで何度か菌の培養を失敗しかけた事がありますよ。失敗したら、また野外採集しに外へ出ないといけませんから大変なんです」

 実際、セヌワで採取した青カビは培養失敗している。


 さて、会食が始まった。前菜は、サラダにイタリア産の生ハムや、豚もも肉のハムが添えられたものだった。

(やっぱり、まだレカナート産は使っていないか……道のりは遠いなあ)

 支援隊員を除いたヤマ達は資料を斜め読みして少し話をし、カバンの中に突っ込んだ。以降はアバヤ医師が指摘していた通り、ポカラや首都観光で見た事をネタにして談笑し始める。

 ゴパルが前菜を食べながら水牛君達に同情した。

(あらら……本当に食べるだけなんだな)

 水牛君達はもう慣れている様子で食事を続けている。パンが好評のようで、嬉しくなるゴパルである。と、サトの姿が見当たらないので水牛君にそっと聞いてみた。

「サトさんは、ポカラへ戻ってきましたか? ヤマさんがマナンまで車に乗って迎えに行ったそうですよね」

 水牛君が小さな声で控えめに「あ~……」と呻いた。

「まだ首都で謹慎中です。シャンジャの先生隊員に続いての失態ですからね、事務所長も困っているみたいですよ、あ~」


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