出番が終わって
カルパナ達はそそくさとステージから下りていき、再びバンドの演奏会が始まった。黄色い歓声をあげるカルナを残して、ゴパルが会場を後にする。
(さすがに音圧が強いなあ。長時間あの場所に居ると耳がキーンとしてしまうよ)
会場の外では女児三人組が居て、助走をつけてゴパルに突撃してきた。ぐえ、と呻くゴパル。体当たりを今回も避けられなかった。
「牛糞せんせー、こんにちはー!」
「次、私達のダンスだよー、見ていかないのー?」
「きゃははははは、もう一撃くらえー」
ゴパルがサンドバッグとタックル練習台になりながら、頭をかいている。
「バンド演奏の音が大きすぎて逃げ出しただけですよ。終わって静かになったら、演奏会場へ戻ります。ダンスの内容は前回と同じなんですか? アンジャナちゃん」
アンジャナはスバシュの娘である。ゴパルの周りをちょこまかと動いてパンチを繰り出していたが、それを止めて早口で答えた。
「そうだよー。学校の先生がダサイン休暇とティハール休暇で居ないから、新しい曲の練習ができなかったー」
ゴパルが同情する。
「それは残念。踊る曲目が増えると、バイリニ隊で稼ぐ事もできますからねえ……ですが、先生も帰省して家族サービスや仕送りをしないといけませんし。難しいですね」
アンジャナがドヤ顔になった。
「そこは抜かりないー! 映画のダンス曲をたくさん覚えたから大丈夫っ」
ここでいう映画というのはインドやネパール映画で、その劇中ダンスである。しかし、その多くが求愛ダンスなので、女児向けではないのだが。
女児三人組と談笑していると、バドラカーリーのヒモバンドがアンコール曲を演奏し始めた。かなり過激な曲で、観客が頭を振り回して熱狂している。あの中にカルナさんも居るんだろうなあ……と思うゴパルである。
アンジャナがゴパルにパンチを当てて、ニッコリ笑った。
「そろそろ順番だから行ってくるー。後でダンスの感想聞かせてねっ」
そう言い残して、超音波が混じった歓声をあげて演奏会場の控室へ走っていく。他の二人の女児もゴパルにパンチしてから、同じように走り去っていった。
至近距離で超音波攻撃を受けたので、耳がキーンとしてフラフラしているゴパルだ。耳を両手で押さえて軽く頭を振る。
「おおお……彼女達の親は大変だろうなあ。スバシュさんも大したものだよ」
バンド演奏が終わって、観客が入れ替わり始めた。普通の服装の人達に置き換わっていく。カルナもさすがに疲れた様子で、ゴパルを見つけて手を振った。
「残って聞いていたんだ。良い演奏だったよね。ちょっと疲れたから茶店でチヤ休憩してくる。それじゃ」
叫びすぎて声も少し枯れている。
そういえばと、ゴパルがポケットから二十四時間営業のピザ屋の割引券を一枚取り出して、カルナに渡した。
「少しはお金を節約できると思いますよ。どうぞ使ってください」
遠慮なく受け取るカルナだ。
「最近はいつも満席なのよね、あの店。立ち飲みになるだろうけど、まあいいか。ありがとね」
カルナを見送ったゴパルが観客席に向かった。その途中でカルパナに声をかけられて振り向く。
「やあ、カルパナさん。立派な舞台でしたよ。カルナさんも来ていまして、声援を送っていました。今はピザ屋でチヤ休憩しに行っています」
カルパナが両耳を赤くして照れている。
「場違いな歌でしたよね。サビちゃんやレカちゃんの方がしっかり歌っていました。速いテンポの曲はどうも苦手で……」
ゴパルが小首をかしげた。
「カルパナさんは、祭祀で伝統的なダンスを踊るんですよね。やっぱり違いますか。私は音楽に疎くてよく分かりませんが、祭祀の曲もかなりテンポが速いと思いますよ」
ゴパルはカルパナの祭祀での踊りを見た事はないのだが、聞いてみる。カルパナがさらに両耳を赤くして首をすくめた。
「弟が司祭ですので、その付き添いでブミカさんと一緒に踊ったりします。確かに伝統的な祭祀曲でもテンポが速いのがありますね。そういうのは平気なのですが、こういう欧米の曲は難しいです」
興味深く聞くゴパルだ。
「そういうものなんですね。私が踊ったらすぐに足が絡まって転んでしまいます。踊れる人は凄いと思いますよ」
カルパナがクスクス笑い始めた。
「ステージの上からゴパル先生の姿が見えましたよ。確かに観客に押し流されていましたよね。転んでしまわないか、ハラハラしながら歌っていました」
そんな話をしていると、女児達のダンスと曲の演奏が始まった。さっきまでのバンドとは全然違う爽やかな演奏だ。観客も手拍子や歓声を上げるだけで、走り回ったり飛び跳ねたりしていない。
ステージに上がってきた女児達の中に、三人組を見つけて手を振るゴパルとカルパナだ。女児三人組はすっかり舞台慣れしている様子で、ドヤ顔で歌い始めた。
ゴパルが肯定的に首を振る。
「音が大きくなくて助かります。バンド演奏の時も、もう少しだけ音量が小さければ長時間居続ける事ができたのですが」
カルパナが素直に同意した。
「ですよね。次からは耳栓を用意した方が良いと思います」
女児達の歌とダンスが順調に披露されて、観衆がほのぼのとした雰囲気になっていく。そして、次の掛け合い漫才の演目に交代した。漫才といっても日本式ではなく、寸劇を交えたものである。
再び観客が入れ替わっていき、今度は騒々しくなっていく。酒を飲んで酔っ払ったオッサンの数も増えてきた。
カルパナと一緒に楽屋を訪問して女児三人組に会い、歌とダンスを褒めるゴパルである。お返しにタックルを食らってよろめいているが。
そんな様子をニコニコしながら眺めていたカルパナが、時刻をスマホで確認して軽く肩を落とした。
「そろそろパメの家に戻らないといけません。ゴパル先生はこの後でヤマさんと会食ですよね。風邪の快気祝いも兼ねて、楽しんでください」
ゴパルが頭をかいて恐縮した。女児三人組からは今もサンドバッグにされている。
「食事中に疲れて眠ってしまわないように気をつけます。KLの関連会社に日本のキノコ種苗会社があるのですが、そこのモリさんから会食の様子を教えて欲しいと頼まれまして……ははは」
モリ氏はブータンでキノコ栽培の事業をしているらしい。ネットは制限付きながらも使えるのだが、自由な出入国ができない上に、勤務地が首都から車で二日かかる山奥なので情報に飢えているようだ、とカルパナに話す。
「シイタケ栽培で使う、ほだ木の苗を用意する準備をしているそうです。周囲に集落もない森の中なので、車で集落まで下りてチヤ休憩するのが楽しみだとか。苦労しているみたいですね」
同情するカルパナだ。
「ブータンの森には虎や豹に毒蛇も多く棲んでいると聞きます。象の群れもいるとか。安全に気をつけてとモリさんに伝えてください」
そうなんだ、と了解するゴパルだ。
「分かりました。森といっても多分、セヌワのような涼しい場所だと思いますが……気をつけるに越した事はありませんよね」
ゴパルをサンドバッグにして超音波系統の歓声を上げていた女児三人組が、ようやく飽きたようだ。
アンジャナが最後に一発だけゴパルの腹に頭突きしてから、カルパナにキラキラした視線を送った。
「お腹すいたから、オヤツ食べてくるー」
女児三人組がチヤ休憩をしに駆けだしていく。その騒がしい後ろ姿をカルパナと一緒に見送り、ゴパルも肩と首を回した。
「では、私も戻りますね。カルパナさんの歌が聞けて楽しかったですよ」
「お粗末さまでした。来年はもう少し上手になりたいものですね」
カルパナと別れて、ゴパルが一人でルネサンスホテルへ向かう。ステージでは掛け合い漫才が始まり、笑い声とヤジが飛び交い始めていた。
(さて、部屋で一仕事しておくかな)




