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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
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パメの家

 バイティカはティハール大祭の最終日に行われる祭祀だ。ティカを授ける開始時刻が前もってアナウンスされているので、その時刻になるまで皆で待機している。


 繰り返しになるが、ティハール大祭の日程は以下のようなものだ。

 初日はカラスへの供物を捧げる。今回、ゴパルがルネサンスホテルの資材搬入口に行くと、餌台が拡張されていた。カラス大喜びである。

 翌日は犬へ供物を捧げる日だ。飼い犬に花の首飾りがかけられて、額に赤い粉でティカを付ける。ちなみにカラスと犬は死者の世界の神であるヤマに仕える動物だ。彼らに供物を捧げる事でご機嫌を取るという意味合いがある。日本でいうと閻魔大王配下の鬼二体という感じだろうか。

 三日目はラクチミ神へ供物を捧げて祝う日である。富に関わる女神なので、これまたご機嫌を取るために家の中を花や電飾等で飾る。祭壇にはお金や宝石を置いて、富の加護が得られるように祈る。

 さらにガネーシュ神にも供物を捧げて祝う。ちなみにラクチミ神は菜食主義者なので、この日は肉食できない。

 この日の華やかな印象のおかげで、ティハール大祭は『光の大祭』とも呼ばれて人気だ。ダサイン大祭のような血まみれとは無縁の祭りである。ただ、花輪づくりが大変なので、女達は大忙しになるのだが。

 四日目は牛に供物を捧げて、ティカをつけたり花輪をかけて祝う日だ。パメは農村に行政区分されるので、放牧されている牛も多い。これらがほぼ全て祝福されているので、花輪を首にかけた牛だらけになっている。


 そんな祭祀を経て、最終日の五日目がバイティカになる。姉妹の所へ兄弟がティカの祝福を受けに行く祭祀である。今では姉妹どうしでもティカを付けあうようになっている。


 パメの家に到着したカルパナが、ブミカに連れ去られてしまった。

「カルパナ様。汗だくじゃないですか。しかもまだ野良着のままだしっ。急いで沐浴し直してマトモな服に着替えてください!」

 出荷される鶏のような表情になっているカルパナに、ニコニコしながら手を振るゴパルだ。

「お仕事が終わるまで待っていますねー」


 ナビンがゴパルを見かけて、人混みをかき分けながら手を振ってやってきた。彼も既に疲れた表情をしている。

「いらっしゃい、ゴパル先生。姉が時間ギリギリまで、畑でゴパル先生を引き回していたそうですね。すいません」

 ゴパルが合掌して挨拶を返した。

「畑を見たいと希望したのは私ですよ。時間ギリギリまで引き回していたのも私です。カルパナさんのせいではありませんよ」

 しかし信じようとしていないナビンであった。

「行き遅れ三人娘の異名は侮れませんよ。サビーナさんとレカさんはそれぞれの実家でティカを授けるそうですが……騒動を起こしているって、ラビやラジェからチャットがひっきりなしに届いてるんです」

 ラビはサビーナの兄のラビンドラで、ラジェはレカの兄のラジェシュの愛称だろう。ゴパルの脳裏にも、騒動を起こしている二人の姿が何となくだが浮かんだ。


 とりあえず話題を変える事にしたゴパルだ。

「バイティカの後で、バンド演奏を披露するそうですね。カルパナさん達も飛び入り参加するとか。楽しみにしています」

 ナビンがニッコリと微笑んだ。

「準備はスバシュさんが行っていますから、俺達は楽器の調整をするくらいですね。しかし、姉さんが参加すると言い出した時は驚きましたよ。ゴパル先生の提案だったそうですね。ありがとうございます」

 頭をかいて恐縮するゴパルだ。

「私は音楽に全く疎いので、ナビンさんに迷惑をかけたのではないかと心配しています。そのせいで演奏会が上手くいかなかったら、カルナさんに殺されてしまうかも」

 ナビンが愉快そうに笑った。

「そうならないように頑張りますね。そろそろ開始時刻かな。ではまた後で」

 ナビンが気楽な表情になってゴパルに手を振り、祭祀会場へ向かった。彼がカルパナからティカを受ける最初の順番なのだろう。

 途中でヤマが何名かの援助隊員を連れてパメの家に入ってきた。その彼らに挨拶していくナビンだ。

(こうして見ると、堂々とした司祭パンディットだよね……ヘビーメタルのバンドをする人とは思えないな)


 ゴパルもヤマに手を振って挨拶を交わした。ヤマの話によると、ナビンとカルパナから誘われたらしい。

 さすがにヒンズー教の祭祀だと理解している様子で、支援隊の連中もちゃんとした長袖シャツに長ズボン、革靴の姿をしている。その分、借りてきた猫のような状態になって緊張で固まっているようだが。

 ヤマは背広にネクタイの姿なのだが、意外としっかりと着こなしている。

(ああそうか。ヤマさんは政府の偉い人に何度も頭を下げて回っているとか言ってたっけ。始末書を書く枚数も多いらしいし、この服装が本来の姿なのかな)

 ……等と失礼な想像をしているゴパルだ。そんなヤマが肩と首を回した。

「実は、会食も夕方にあるんですよ。今日は窮屈な服を着続けないといけません」


 秋なので日本からネパールに視察に来る団体や企業が多いらしい。特に何が決まるわけでもなく、意見交換をするだけの会食なのだが、仕事なので断れないようだ。支援隊員にも声がかかっていて、彼らも強制参加だと話してくれた。

「なるほど、それでいつもと違って緊張しているんですね」

 ゴパルの反応を見て、目元を緩めるヤマである。

「ルネサンスホテルで会食するんですよ。ゴパル先生も参加してみませんか? 会食は日本語だけの会話になりますから、退屈だとは思いますが……食事代は経費で落ちますので無料ですよ」

 ゴパルが即答した。

「スマホで自動翻訳できますから、日本語で構いませんよ。私はタダで食事ができれば、それで幸せです」

 明るく笑うヤマだ。

「分かりました。KLは確か日本の大学や企業も関わっていますよね。食事中の話のネタとしてゴパル先生に話を聞くかもしれません。その時は簡単で構いませんので、ポカラでの事業を話してください」

 気楽に了解するゴパルである。

「分かりました。タダ飯のお礼はしないといけませんよね」


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