発酵チーズの試食会 その二
ラメシュがチーズ料理を少量ずつ試食して、真面目に感想を紙に書いていく。
カルナは青カビチーズのパイ包み揚げ以外を試食していたのだが、ラメシュが書いた感想コメントを読んで感心した。
「細かく書くのね。評論家みたい」
ラメシュが照れて頭をかいている。
「コンテチーズの品質検査項目を参考にしているだけですよ。それでも癖の強い青カビチーズやシェーブルには、なかなか当てはまりませんね」
そう言いながらも、シェーブルのムニエルを気に入ったようで、これには熱心に色々と感想を書き込んでいた。
カルナも感想を書いていたが、こちらは可もなく不可もなくという印象だ。人によってチーズの好みが分かれるものだなあ……と思うラメシュである。
ネパール人やインド人観光客には、チーズフォンデュが人気だった。特にバーのマスターと、なぜかシャウリバザール茶店のオヤジが気に入っている様子である。
「チーズだけですと物足りないですナ。香辛料と唐辛子を加えて、タマネギで甘みを補ってみようかナ」
それを聞いて、今度はヒンクの洞窟の茶店オヤジがツッコミを入れた。
「それだと、ただのブータン料理だぼ。お坊様がこの間戻ってきたけどら、ブータンで唐辛子のチーズ煮込みを食べ過ぎて、腹を壊したとか言ってたら」
どうやら天気予報の坊様が戻ってきたようだ。ラメシュはそれほど関わっていないので、普通に聞き流している。代わりにシャウリバザール茶店のオヤジに質問した。
「タカリ族やチベット系の人達の間でも伝統的な硬質チーズを作っているんですよね。ツルピと言いましたっけ。こういったチーズパーティに出せそうですか?」
オヤジがジト目になった。
「ワシはプン族だぞ。しかしそうだな……ちょいと固すぎるかもな。サイコロ大のツルピでも口の中でかじると、食べ終わるまでに一時間くらいかかる。味もあまりないし」
ラメシュが少し落胆する。
「そうですか……食べやすいように柔らかくする必要がありそうですね」
そこへカロチヤが入った小ジョッキを手にして、カルナが戻ってきた。
カロチヤとは砂糖だけを加えた紅茶である。アンナプルナ内院の水道水は氷河の雪解け水由来なのだが、かなり硬度が高い。そのため色が黒っぽくなっているのが特徴だ。
「ツルピって、かまどの上で煙でいぶしながら乾燥させるのよ。スクティとかの干し肉みたいな感じ。干し始めの頃は柔らかいけどね」
そう言ってから、簡単な作り方を説明してくれた。
生乳を強くかき混ぜて液体の乳清と固体とに分離させ、固体部分を型に入れて水分を抜く。ある程度固まったら型から取り出してククリ刀等を使ってサイコロ状に切り、それらを紐でつないで数珠のようにする。
これをかまどの上に吊るして、ひたすら煙でいぶしていく。乾いたら完成だ。
ちなみにスクティと呼ばれている干し肉も、小さく切った肉片を紐でつないで同じように吊るす。去勢山羊のスクティが好まれていて、ダシ汁の中で戻してから炒め物や煮物に使う。居酒屋料理で人気だ。
ラメシュがメガネをキラリと光らせた。
「え? 凝固剤を使っていないんですか。興味深いですね」
通常チーズづくりでは、生乳を凝固させるために添加物を使用する。レンネットと呼ばれる子牛由来の酵素が代表的だが、毛カビから抽出した成分や乳酸菌等を使う場合もある。
「自然の乳酸菌が作用しているのかも知れませんね。レカさんちのリテパニ酪農でも、乳酸菌で水牛乳を凝固させてモッツァレラチーズを作っていますし、その系統かも」
ヒンズー教徒としては牛乳以外の牛由来の添加物は、なるべく避けたいのが本音だろう。
オヤジが軽く肩をすくめて笑った。
「下界では今頃、ティハール大祭で大賑わいだろうな。柔らかいツルピか。売れるかもな。研究がんばってくれ。応援してるぜ」
ラメシュの肩をポンポン叩いてから、チーズ料理を食べに戻っていった。
ディワシュとサンディプが酒を飲みながら、グルン語の歌をドラ声で歌い出した。
それを聞きながらカルナがカロチヤをすすり、軽く首を振っている。腰まで真っすぐに伸びている黒髪が、一呼吸遅れて左右に揺れた。
一歩ラメシュに近寄る。
「ティハール大祭だとカラスや犬、牛に供物を捧げるけど、さすがにアンナプルナ内院には居ないわよね」
野良犬とカラスはたまに遊びにやって来るそうだが、牛は来ない。
ラメシュもカロチヤを手に取って気楽に答えた。
「ゴミ処理が上手くいっているおかげでしょう。そういう場所には野良犬やカラス、放牧牛は寄りつかないものです。サンディプさん達が、せっせとゴミを担いで下ろしてくれている事に感謝ですね」
ネパールの牛は生ゴミでも平気で食べる。新聞紙すら食べる。
ラメシュがカロチヤをすすってから、カルナに紅茶の感想を聞いた。
「リテパニ酪農産の紅茶をここで低温熟成してみたのですが、どんな感じですか?」
カルナがニッコリと微笑んだ。
「ジョムソンの紅茶に似てるわね。何となくだけど、チベット茶の雰囲気があるかも」
チベット茶は黒茶とも呼ばれていて、バター茶を淹れる際に使われる。土の香りがするのが特徴で、紅茶のような渋味は抑えられている。
なるほど、とスマホにメモを取るラメシュだ。
「チベット茶ですか……首都に戻ったら、チベット料理屋に行って飲んでみます。蒸しギョウザや水ギョウザ、汁麺しか食べた事がないので詳しくないんですよ」
ギョウザといっても日本式や中国式のギョウザではない。水牛肉ミンチと刻んだタマネギにごく少量の香辛料を振り、厚めの皮で包んでいる。たまに骨の破片が混じっているので、注意した方が良いだろう。味は至って素朴で平凡である。
汁麺はトゥクパと呼ばれていて、水牛の骨からダシをとりキシメン状の麺を使う。日本の豚骨ラーメンの汁に似ているのだが、麺のコシは期待しない方が良いだろう。ちなみに、ギョウザと汁麺では本来は牛を使うのだがヒンズー教徒に配慮している。
カルナが少し考えてから提案した。
「ポカラにチベット難民キャンプがあるわよ。確かそこにチベット料理屋があったかも。ルネサンスホテルからも近いよ」
ラメシュが小首をかしげた。知らなかったらしい。
「そうなんですか。ラビン協会長さんやホテルスタッフが何も言わないので気がつきませんでした。料理屋があると良いですね」
カルナが微妙な表情で肩をすくめる。何となくだが、察したらしい。
「チベット人って商売上手なのよ。おかげで難民なのに裕福な暮らしをしてて、周辺住民から嫌われているんでだよね」
ズケズケ言い放つカルナだ。
「チベット料理屋なら他に、バスパークやチプレドゥンガの商店街にもあるよ。そこのチベット人は頑張っていて評判が良いから、そっちの方が良いかも」
了解するラメシュである。
「それでは、カルナさんが忙しくない時を選んでポカラの店へ行ってみましょうか。私もこの試食会と次の仕込みが終われば一息つけます」
カルナがニッコリ微笑んだ。
「そうしましょう、そうしましょう。ニッキ叔父さんと父さんをしっかり働かせますねっ」
良い雰囲気になっていたのだが、酔っ払いのディワシュとサンディプが空気を読まずに絡んできた。ラメシュに太い腕を回して確保する。
「おー、ラメシュの旦那あ。チーズ美味かったぞお。飲め飲め」
二人がかりで拘束されてしまったので、身動きできなくなるラメシュである。そのまま食堂の宴会に引きずられていった。ラメシュもこうなる事は予想していた様子で、あまり抵抗していない。
「カルナさんは部屋で休んでください。私は二日酔いになります」
ため息をついて見送るカルナであった。
「あの酔っ払いグルンめ、後でぶっ飛ばす」




