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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
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発酵チーズの試食会 その一

 二十分後、低温蔵の仕事を片付けて戻ってきたラメシュとカルナが、いくつかの発酵チーズを食堂のテーブルに置いた。人数分に手早く切り分けていく。

「青カビチーズとカマンベールチーズ、シェーブルと呼ばれている山羊乳のチーズです。シェーブルは灰の中で熟成させている途中の段階ですね。食べる時は灰を落としてください」

 続いて、小さなホールケーキ型のチーズを深底の皿に入れて、赤茶色の外皮を包丁で切り取った。チーズの内部は、水を含んだ麩のような印象だ。

「ウォッシュチーズです。濃い塩水を外皮に吹きつけて熟成させていますが、特に名前はつけていません。コード番号だけですね。見ての通り柔らかいので、共用スプーンですくい取ってからパンに塗って食べてください」

 隣には同じようなウォッシュチーズを置いた。

「こちらは塩水の代わりに、ブドウの搾りかすを発酵させて蒸留したマールを吹きつけています。風味が多少異なると嬉しいですね」


 評価用の紙を受け取ったアルビンや観光客が一斉に試食を始めた。ちょうどシャウリバザールの茶店オヤジもやって来たので、彼にも紙を渡す。

 カルナにも同じ紙を渡して、ラメシュが残念そうな口調で語った。

「青カビチーズは微生物学研究室で培養した菌です。セヌワで採取した菌ではないんですよね。首都で停電さえ起きなければ、今頃はセヌワ産の青カビチーズを試食できていたのですが……」

 カルナは大して気にしていない様子だ。

「あんまり好きなチーズじゃないので、構わないよ。でも、ウォッシュチーズってのがあるのね。初めて見た。でも何か臭そう」

 ラメシュが苦笑しながらうなずいた。

「臭いですね。ははは。もっと熟成させると外皮も固くなるはずです。臭いに加えて、ウォッシュチーズでは腐敗菌や病原菌も繁殖しやすいんですよ。コレは病原菌検査を済ませていますから大丈夫ですが、商業生産するには解決すべき課題が多いですね」


 そんな話を交わしながらラメシュとカルナも試食していると、マスターが目をキラキラさせながらやって来た。

「良いですねっ。ぜひ、うちのバーで出したいナ。いつ商品化するんです?」

 返答に困るラメシュである。

「すいません。研究用のチーズなんですよ。ここで集めたデータをチーズ製造会社に提示して、商品化するかどうか検討してもらいます。残念ですが、ボツになるチーズの方が多いですね」

 研究用なので、菌の採取とチーズの成分分析が主目的だ。チーズの熟成中に発生して増える菌があったりする。


 試食用の発酵チーズは少量だったので、参加者によってすぐに完食されてしまった。ポカラやジョムソン組へ送る分は確保してあるのだが、強力隊長のサンディプがガハハ笑いをしている。

「大丈夫だ。積荷を取って食ったりはしないぜ」

 同じくディワシュもガハハ笑いをする。

「もちろんだ。積荷の安全は保証するぜ」

 不安に感じるラメシュであったが、ここは信用するしかない。

「お願いしますよ、本当に」


 続いてアルビンが料理をいくつか出してきた。

「黒カルダモンの収穫が始まったので、骨付き羊肉を香辛料煮込みしてみましたぜ。これで腹を膨らませてくださいな。他に、ちょいとチーズパーティの真似事もしてみました」

 食堂内に香辛料の香りが充満していく。ネパール人とインド人観光客は大喜びするが、欧米や中国からの観光客は微妙な表情をしている。彼らにはチーズ料理を出してご機嫌を取るつもりのようだ。


 羊料理の作り方は次のようになる。

 骨付き羊肉を掃除しておく。羊肉を鍋に入れて、大豆油とクローブ少々、黒カルダモン、メース、シナモンスティック、ショウガとニンニクのすりおろしペーストを加えて、火にかける。羊肉に焼き色がつくまで炒める。さらにレッドチリとクミンパウダーを加えて炒めていく。

 別の大鍋に、たっぷりの油とタマネギスライスを大量に入れて、火にかける。タマネギが褐色になるまで揚がったら、油から取り出す。これにたっぷりのヨーグルトを混ぜ合せてミキサーにかける。

 このタマネギ入りヨーグルトを、羊肉を炒めている鍋に入れる。さらに、羊の骨付き骨髄を煮込んでとったダシを加えて煮込んでいく。


 余談になるが、骨付き骨髄を煮込むスープやダシはチベット系住民がよく使う。特に汁麺で使う事が多く、具材に応じて牛や水牛の骨付き骨髄に変えたりもする。

 アルビンはグルン族なのだが、チベット系住民との交流が深いのだろう。頭に被っている帽子も、チベット系住民がよく使っているものだったりする。


 仕上げにトマトピューレを入れて、さらにダシを加え、じっくり四十分間煮込む。最後に油や香辛料を加えて仕上げて完成だ。

 煮込むと香辛料の香りがかなり消失してしまうので、完成する直前に仕上げ用の香辛料を使うと良いだろう。

 煮込み料理なので本来はディーロが適しているのだが、アルビンが酒を飲んで酔っ払っているためチャパティとローティが出てきた。白ご飯は標高が高いために美味しく炊けない。


 ひゃっほい、と喜んで食べ始める地元民とインド人観光客である。

 一方の欧米や中国人観光客には、ピザとトマトソースのパスタが提供された。これにチーズ料理が加わる。

 リテパニ酪農産の硬質チーズに衣をつけてフライにした料理、青カビチーズやカマンベールチーズをパイ生地で包んで揚げた料理、シェーブルに衣をつけて揚げたムニエル……といったように揚げ物が多い。それ以外では、グリュイエール風やエメンタール風のチーズを溶かしたチーズフォンデュがある。

 こちらも好評のようで、ニコニコして上機嫌のアルビンだ。

「サビーナさんから色々と料理を教えてもらっていますからね。標高が高いので工夫する必要はありますけど、いい感じですよ」


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