表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
1029/1133

低温蔵

 翌日の夕方、ラメシュとカルナが一緒に低温蔵へ到着した。ジト目で出迎えるダナである。

「は? 彼女連れてやってきたよ、この野郎」

 カルナがラメシュのそばから俊敏にパッと離れた。その飛び退いた方向に、一歩寄って頭をかくラメシュだ。

「悪いね。でも予定通り日没までに着いたから、それで勘弁してくれ」

 そう言ってから、さらに一歩寄ってカルナの肩をポンと叩いた。登ってきたばかりなので、二人とも今は厚手の長袖シャツだ。

「カルナさんは一休みしていてください。発酵チーズの試食会の準備が整う頃に、部屋へ呼びにいきますよ」


 少しの間レカのような挙動不審な動きを見せていたカルナであったが、すぐにいつも通りのキリリとした表情に戻った。

「休んでいると、ここのアルビン叔父さんに呼ばれて民宿仕事の手伝いをする羽目になるのよ。部屋に荷物を置いたら、すぐに低温蔵の仕事を手伝うわ。どうせ、ゴパル先生もまだ役に立たないんでしょ?」

 ラメシュがダナを見ると、無言でジト目のままうなずいた。視線をカルナに戻して、申し訳なさそうな表情で感謝する。

「ゴパルさんはダメみたいですね……仕方がありません。仕事の手伝いをしてくれますか?」

 ニッコリと微笑むカルナだ。

「任せなさい。バイト代はもらうから気兼ねなく指示を出してね」


 ジト目のままで何か呪詛を吐いたダナが、民宿の入り口に向けて歩き出した。

「それじゃあ、僕はこれで。暗くなる前にデウラリかヒマラヤホテルまで下りるよ」

 どちらもヒンクの洞窟とセヌワとの間にある小さな宿屋町だ。深い谷底にあるため電波が届きにくい。

 ラメシュが民宿に駆けていくカルナを見送ってから、小首をかしげてダナに聞いた。

「え? 発酵チーズの試食はしないのか? 明日の朝下山すれば良いじゃないか」

 ダナがジト目のままで振り返った。

「恋人がいちゃつく横で作業なんかできるか。それに、どうせ酒盛りになる。明日の朝、二日酔いで下山するのは遠慮したいんだよ。では!」

 民宿の中からカルナがアルビンを叱っている声が聞こえた。既に飲み始めているらしい。静かに納得するラメシュだ。

「あー……了解。それじゃあ、ティハール大祭を下界で楽しんできてくれ」


 ダナが荷物を背負って足早に山を下りていく。時々、太陽に向かって何か叫んでいる。その後ろ姿を見ながら、ラメシュが感慨深く腕組みをした。

(ダナも体力がついたよなあ……)


 ラメシュも民宿ナングロに入って、ダナが使っていた部屋に荷物を置いて防寒ジャケットを着た。薄手の手袋をジャケットのポケットに突っ込む。

 部屋にはこの他に、風邪をひいているゴパルが寝ていた。ゴホゴホと咳をしながら上体を起こしてラメシュに謝る。

「済まないね、ラメシュ君。風邪をひいているから、多分味覚が狂ってると思う。鼻も詰まってるし。発酵チーズの正しい評価はできそうにもないよ」

 ラメシュが呆れ顔で腰に両手を当てた。

「肝心な時に風邪をひいてしまいましたよね。味の評価は民宿に泊まっている人に頼みますよ。ポカラにも少し持っていきますね。今晩は、ゆっくり休んでください」

 ゴパルの枕元に水が入った大きなポットを置いた。続いて、小さめの保温ポットのフタを開けて臭いをかぐ。

「バター茶も温かいですね。これなら朝まで保温できるでしょう。これで水分と栄養を補給してください」


 茶と呼んでいるが、実質上は塩味のバタースープのような飲料である。さらにビスケットの包みと総合ビタミン剤を添えた。

「炭水化物と野菜の代わりです。何か食べたくなりましたらスマホで知らせてくださいね。オムレツぐらいは出してくれると思いますよ」

「ディーロは……」

「却下です。酔っぱらったアルビンさんに作れると思いますか」


挿絵(By みてみん)


 ゴパルを寝かしつけて部屋を出ると、カルナがため息をつきながら口元を緩めた。彼女も防寒ジャケットを着ている。

「ゴパル先生は美味しいとしか言えないから、居ても居なくても変わらないと思うわよ」

 素直に同意するラメシュだ。

「その通りですが、あまり邪険に扱うのはかわいそうです。低温蔵を企画して建てた功労者ですからね」

 クスクス笑っているカルナの肩をポンと叩いて、食堂の方へ顔を向けた。

「……聞き慣れた声が多数しますね。やっぱり来ましたか」

 カルナが困ったような表情になる。

「街道は情報が伝わるのが速いから。勢ぞろいしてるわね」


 民宿ナングロのアルビンの他には、サンディプとディワシュ、それにヒンクの洞窟のオヤジも来ていた。シャウリバザールの茶店オヤジも、後で来るらしい。

 見慣れない人も居て、カルナに聞くとチョムロンにあるバーの店長だと教えてくれた。首をかしげていると、アルビンがやって来て紹介し始める。

「ラメシュ先生、こちらはチョムロンのバーのマスターです。名前はありふれたヤツなんで、マスターって呼んでくださいな」


 グルン族やマガール族では、名前が同じ人がかなり多い。日本人で例えると太郎や次郎に相当する。姓がグルンやマガールで共通しているので、なおさら同じ名前になる。


 ラメシュが自己紹介をすると、マスターがニコニコしながらラメシュの肩をバンバン叩いた。

「タバコ液の殺虫剤ですがチャイ、かなり効いてますよ。教えてくれてありがとうございました」

 コレを教えたのはゴパルなので、ラメシュには状況が理解できていない様子である。このマスターも発酵チーズ目当てで来たらしい。

「国産のウィスキーやブランデー、ウォッカに出すツマミとしてチャイ、チーズが人気なんですよ。いつかチーズパーティとかやってみたいですナ」


 アルビンがラメシュに、今回の参加者はこれだけだと伝えた。

「ポカラ組は忙しくて不参加ですね。ジョムソン組も同様です。それでは、そろそろ試食会を始めませんか」

 ラメシュが軽く頭をかいた。

「すいません。三十分間だけ待ってください。ダナの仕事を引き継がないといけません。酔っぱらう前に今必要な作業を済ませておきますね」

 途端にブーイングが始まった。特にディワシュとサンディプの二人が騒々しい。

 その二人を叱りつけるカルナだ。グルン語で怒っているのでラメシュには理解できないのだが、相当なスラングを使っている印象は感じた。

 その効果か、ブツブツ文句を垂れながらもすぐに静かになる食堂である。カルナがドヤ顔で両手を腰に当てて仁王立ちになった。

「そうそう。良い子だから、三十分だけ待っていなさい。ラメシュ先生、私も手伝います」

 今度は冷やかしの口笛やら何やらが起こったが、無視するカルナだ。ラメシュも素直にお願いする。

「頼みます。あまり長く待たせるのは気の毒ですからね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ