ティハール大祭
ティハール大祭は明日から始まるのだが、その初日はカーグ・ティハールと呼ばれ、カラスへ供物を捧げる日になる。
それ関連でカルパナが何か思い出したようだ。会議室に顔を出した協会長にお願いを始めた。
「ラビン協会長さん。ホテル搬入口に設けてあるカラス用の餌台を補修してもらえませんか? 生ゴミボカシの他に、ちゃんとした供物も置きたいと思います」
既に清掃会社がルネサンスホテルの生ゴミボカシを回収して、有機肥料化させ商業販売していた。その清掃会社に出す生ゴミボカシから、一部を餌としてカラスに与えているのだが……増量するようだ。
カラスへの供物は、ヨーグルト、セルローティ、白ご飯、数種類の豆を使ったダルを予定しているらしい。器や皿も木の葉で作ったモノを使うという力の入れようである。
気軽に応じる協会長だ。彼はチベット仏教徒なので鳥に縁があるのだろう。
「分かりました、カルパナさん。カラスは死をつかさどる鳥ですからね、もてなすとしましょう。今日中に餌場を広げておきますね」
カルパナが協会長にそっと聞く。
「フルローティも供物で出そうかどうか迷っているのですが、ラビン協会長さんはどう思いますか?」
フルローティは見た目が花のような形の揚げ菓子だ。バッタライ家の場合は、中にシロップを詰めているので猛烈に甘い。穏やかな笑みを返す協会長である。
「甘さ控えめであれば問題ないと思いますよ」
ちなみにティハール大祭は五日間続く。初日は『カラスの日』、二日目は『犬の日』、続いて『ラクチミ神の日』、『牛の日』、そしてバイティカと呼ばれる『兄弟姉妹の日』の順番だ。
試食会の後片付けをしていると、ヤマが数名の援助隊員を連れて会議室へ入ってきた。部屋に入るなり落胆している。
「あー……試食会が終わっていましたか。残念」
どうやら運の悪さは相変わらずの様子である。
サビーナが給仕長と目配せをしてから、冷蔵庫の中に入っているタルトタタンを見せた。
「まだオーブンで焼く前のヤツならあるわよ。四十分間くらい待ってくれたら出せるけど、どうするヤマっち。冷たいのが食べたいっていうのなら、明日また来れば出してあげる」
ヤマがバーコード頭をかいて考えながらカルパナを見た。
「パメの段々畑をこの子達に見せてあげたいと思っているのですが、四十分ではちょっと短いですかね?」
農業開発局は今日からティハール大祭で休みに入ったそうで、農業隊員は暇らしい。
カルパナが困ったような笑顔を浮かべた。
「実は、農家の方達も今日からティハール大祭の準備をしています。畑仕事はしばらくの間お休みなんですよ。収穫と出荷作業を朝に行うくらいですね……」
まあ、そうだろうなあ……と思うラメシュである。
ヤマはさらに落胆しているようだ。手には買い物袋を提げているのだが、それを軽く振った。カシャカシャと乾いた金属音がする。
「銀製の食器を買ったのですが、あまり御利益は無さそうですね。ははは……」
ラメシュがとりあえず話題を変えた。
「そういえば、サトさん……でしたっけ。彼は来ていないですね。また何か事件を起こしましたか?」
ヤマと援助隊員が微妙な表情になった。レカナートに住んでいる水牛君が『あ~』と鳴いている。彼の家の天井はその後どうなったのだろうか。
ヤマが苦笑して答えた。
「サト君は首都で説教を受けていますよ。仕事を放棄して遊んでいたので、援助隊事務所としても看過できなかったようです」
その後はヤマがポカラからマナンまで、愛車ジプシーに乗ってサトを迎えに行った際の道中話になった。相当スリリングな旅だったようだ。
ジョムソン街道でも土砂崩れが起きてツクチェのニジマス出荷が滞ったので、何となく想像するラメシュである。
ヤマの話を聞いていると、カルパナのスマホに電話がかかってきた。ヤマに断ってから電話に出たカルパナが、ラメシュに視線を向けた。
「そろそろパメへ向かいましょうか、ラメシュ先生。青刈り大豆を刈り取っていいのかどうか、スバシュさんが判断を仰ぎたいそうですよ」
了解するラメシュだ。
「もうそんな時間になってしまいましたか。スバシュさんを待たせてはいけませんね、行きましょう。ヤマさん、興味深い話をしてくれてありがとうございました」
照れているヤマである。
「皆さん忙しいのに、こんな話で引き留めてしまいまして、すいません」
サビーナも厨房へ戻ろうとしていたが、ヤマが声をかけた。
「サビーナさん。昨日、レイクサイドのレストランで食事をしたのですが、そこの給仕の態度が気になりました。参考までにお知らせしておきますね」
ヤマは車を運転していたのでワインを頼まずに水だけを注文していたのだが、給仕が不満そうな態度になって文句を言ったらしい。レストランや居酒屋では、料理よりも酒の方が高い利益率になる傾向がある。
サビーナが給仕長を呼んで何か指示を出した。
彼が静かにうなずいて了解し、スマホでどこかへ電話をかけ始める。それを見て、小さくため息をついたサビーナがヤマに礼を述べた。
「指摘ありがとうね、ヤマっち。給仕の教育はしっかりやっているつもりなんだけど、難しいわね」




