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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
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タルトタタン

 タルトタタンの作り方を簡単に紹介しておこう。

 これは伝統的なフランス菓子で、タタン姉妹が作ったのでこの名前がつけられている。使うリンゴは中玉サイズで酸味が強い品種が適していて、これを十個以上使う。

 このリンゴを四つ切りにして芯を取り除き、砂糖とバターを敷いた鍋の中に隙間なく詰めて火にかける。水は足さずに、リンゴの水分だけを使って煮込むのが特徴だ。煮込み終わるとリンゴが飴色に変わる。その後はタルト生地を被せてオーブンで焼けば完成だ。


 サビーナが大きめの圧力鍋に四つ切りにしたリンゴを詰めていきながら説明した。

「リンゴを煮込む時なんだけど、場所によって火の通り具合が違ってくるのよね。鍋を二つ使って分けて煮込むと便利かな。煮込んでから耐熱皿に乗せて、さらにオーブンで焼くというのも良いわね」

 リンゴを詰め終わって、圧力鍋のフタを閉じた。

「弱火でじっくりと火を通す事。でないと焦げて失敗するわよ。それで、煮込み終えたのがコレね」

 サビーナが圧力鍋を別のモノに差し替えた。フタを開けてリンゴを取り出し、レカのスマホカメラに近づけた。すっかり黒っぽい飴色になっている。水分もかなり飛んでいた。

「こんな感じになったら煮込み終了。それじゃあ、コレを型枠に移すわね」

 オーブンペーパーを中敷きにした金属製の型枠にリンゴを詰めていく。

「リンゴをタルト生地で包み込んで型枠に入れても良いんだけど、家で作るには面倒だしね。これをオーブンに入れて焼く」

 オーブンは百八十度にして一時間くらい焼くという事だった。その焼きあがったモノに差し替える。


 ラメシュが感嘆した。

「おお……飴色のリンゴがさらに焼けて、ひと塊になってますね。水分もかなり飛んでいるかな」

 サビーナがニコニコ笑顔になってうなずいた。

「ん。そうね。このくらい飴色にするのよ。さて、これはタルトだからタルト生地を上に被せるわね」

 タルト生地は普通のものだった。それを被せ終わってからレカに撮影してもらう。

「タルト生地の厚さは好みで調節しなさい。これをもう一度、百八十度のオーブンで四十分間くらい焼く。焼きあがって熱々の状態で食べても良いけれど、粗熱を取ってから冷蔵庫で一晩寝かせるのが一般的かな」


 サビーナが冷蔵庫から寝かせ終えた状態のモノを取り出した。これを盛りつけ皿の上に置いて、型枠を外す。濃い飴色の塊になったリンゴが、香ばしく焼けたタルト生地の上に乗っている姿をレカに撮影してもらう。

 レカがメガネをキラリと光らせた。

「うーまーそうー。試食しよう、すぐしよう」

 カルパナも二重まぶたの目をキラキラさせている。

「見た目もキレイよね」

 サビーナがコホンと、もったいぶって咳払いをした。

「店によっては、もう一手間かけたりするのよ。水あめをハケで塗って、焼きゴテを当てて焦げた香りを出したりとかね。今回は家庭用だから、このままで試食しましょ」

 サビーナがタルトタタンを切り分けて小皿に移していく。

「他の果物でもできるわよ。バナナとかも良いわね。さて、それじゃあ試食してちょうだい」


 給仕が紅茶を淹れてきたので、カップに注いでいく。

 ラメシュがタルトタタンをパクリと一口食べて、嬉しそうに短い眉を上下させた。肩先まで伸ばしている癖のある黒髪も、毛先が踊っている。

「ひゃあ、驚きました。リンゴの甘酸っぱい風味が濃縮されているんですね。かといってリンゴジャムとは違いますし、良いお菓子です。ゴパルさんが風邪をひいてくれたおかげで、出発前に美味しい経験ができました」

 レカは早くも撮影を終了させて、パクパクと一心不乱に食べている。ラメシュにスマホ盾をかざす余裕もなさそうだ。

「うーまーいー。紅茶も秋茶だし、渋くて良い感じー」

 カルパナとサビーナも満足そうな表情で食べている。

「旬のリンゴって良いよね、サビちゃん」

「ん。ラメシュ君の方がゴパル山羊よりも表現力がありそうね。あのクソ山羊と替えようかな。ね、ラメシュ君。試食会の予定を知らせるから、時間が合えば参加しなさいよ。料理代金はゴパル君に請求するから心配無用よ」

 困ったような笑顔を浮かべるラメシュであった。早くもタルトタタンを半分以上食べている。

「一応、研究室ではゴパルさんは偉いんですよ。さすがに気が引けます。一番偉いクシュ教授に請求してください」


 と、そのクシュ教授からラメシュのスマホにチャットが送られてきた。嫌な予感を感じつつスマホを取って内容を確認するラメシュだ。

 しかし、杞憂だったようである。そのチャット文を読んで、彼の表情がほっとしたものになっていく。

「そのクシュ教授からでした。バクタプール酒造で今年のブドウの糖度と酸度を測定したのですが、どれも特に問題はないという事です。ワイン仕込みの第一段階を通過できましたね、良かったです」

 ラメシュはキノコが専門なので、ワイン醸造の担当ではない。これは微生物学研究室で共有するチャットグループを使っているので、参考情報という所だろう。


 サビーナがタルトタタンを食べ終わって紅茶を飲みながらラメシュに聞いた。

「ねえ、ラメシュ先生。ネパールやインドにはワイン用のブドウって自生していないの? バクタプール酒造で栽培しているのは海外の品種なんでしょ」

 赤ワイン用に栽培しているのがテンプラリーニョ種で、白ワイン用がトレビアーノ種だ。どちらも地中海でよく育つ品種で、世界中で栽培されてもいる。この他の品種も試験的に植えているのだが、まだ商品化する段階には至っていない。


 ラメシュが腕組みをしてから、スマホでちょっと調べてみた。その結果を見て残念そうに首を振る。

「私はワイン用ブドウ品種に詳しくないので、正確には分かりませんが……どうやら無いみたいですね。野生の山ブドウはあるようですが、これを品種改良するのは年月がかかります」

 カルパナもお菓子を食べ終わって紅茶をすすった。

「品種改良ですか……穀物や野菜のように会社から買い続けないといけなくなると、厄介ですよね」

 素直に同意するラメシュである。

「私は政府側の立場ですが、問題山積ですね」


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