オリーブ青果実の収穫
カルパナとゴパルが手を振って挨拶を返し、サビーナとレカからチヤを受け取った。ゴパルが早速すすりながら、オリーブ園の収穫作業を眺める。
「ええと……今回は油を搾るのではなくて、サラダで使うための収穫でしたっけ。実の色がきれいな緑色ですね」
サビーナが摘んできたオリーブの実をゴパルに見せた。ニコニコしている。
「ん。このまま食べると青臭くて辛味と苦味があるから、漬け込んで食べやすくするけどね」
ゴパルが試しに一つ種抜きした実を食べてみた。微妙な表情になっていく。
「う……確かに。でも欧米の人はコレが好きなんですよねえ……」
ゴパルが期待通りの表情をしているので、満足している様子のサビーナとレカである。
オリーブの実は樹齢八年目から一般に収穫を始める。このオリーブ園では作業員が手摘みで収穫をしていた。
サビーナも一つ口に入れて、収穫作業を見守る。
「去年よりも良い風味になっているわね。KLのおかげかな。ありがとうね、ゴパル君」
この期に及んでも『君』づけのままだが、素直に照れているゴパルだ。
「オリーブ栽培の方法は知りませんよ。リテパニ酪農の人の努力と工夫のおかげです」
カルパナも感慨深い表情になってチヤをすすっている。
「土ボカシと生ゴミボカシの効果でしょうね。家畜糞を使った厩肥ですと、土地が臭くなってしまうんですよ」
ゴパルが口直しにチヤをすすりながら同意した。
「菌の種類が違いますからねえ。根が浅くて脆いオリーブでは効果的だったのかな」
レカは退屈そうにチヤをすすっていたが、スマホの着信を見てニマニマ笑いを浮かべた。
「おー……ティハール大祭のコンサート演目が決まったー。カルちゃんとサビっちは後半だぜー」
次の瞬間、レカのスマホに殺到するサビーナとカルパナだ。数秒後、がっくりと肩を落とす。
「マジでやるのかよ……勘弁してくれ」
「ひやあああ……どうしよう、どうしよう」
ゴパルが小首をかしげてレカに聞いてみた。
「演目ですか? 何か出し物をするとか?」
ニンマリと笑ってドヤ顔になって答えるレカだ。
「ゴパルせんせーの提案で、クソ兄どものバンドに協力する事になってねー。だったら、歌ってしまえよベイビーって話になったー」
ゴパルが目を点にする。
「……へ? って事は、コンサートに飛び入り参加するのですか?」
ドヤ顔で満面の笑みを浮かべるレカだ。
「そのとおりー」
サビーナがジト目をゴパルに向けた。
「余計な事をして、このクソ山羊っ。観光シーズン真っ最中に歌えとか、レストランの仕事どうすんのよ」
カルパナも困惑してゴパルを見つめた。
「協力するって申し出たら、なぜかこんな事になりまして……どうしてでしょう」
(あー……それは多分、隣でニマニマ笑っているメガネっ娘の策謀のせいだと思いますよ)
とは口に出せないゴパルであった。言い出したのはゴパルなので、平謝りするばかりである。
「すいません、すいません。兄妹の仲を深めるには良いかなと思ったのですが、大変な事になってしまいましたね、すいません」
サビーナがカルパナと視線を交わしてから、大きくため息をついて苦笑した。
「こうなっては仕方がないわね。真面目に歌の練習でもするかな。演奏するのはバカ兄どものバンドなのよ。バドラカーリーのヒモとか不謹慎なバンド名だけど、カルナちゃんみたいなファンも多いし……がっかりさせない出来にしないとね」
カルパナも困った表情を続けながらサビーナに同意した。
「そうね……練習するしかないよね。出荷で大忙しなんだけど、頑張る」
ゴパルがおずおずと聞いてみた。怒られて尻尾を丸めた子犬のようになっている。
「どんな曲を歌う予定なんですか? 私の兄に頼んで楽譜とか取り寄せますよ」
レカが代わりに答えてくれた。軽く肩をすくめている。
「まだ決まってないー。クソ兄が演奏できる曲だからー、大した曲じゃないはずー」
まあ確かにバドラカーリーのヒモは、アマチュアの趣味のバンドだ。難しい曲は技量的にいって無理だろう。妙に納得しているゴパルである。
サビーナが軽く背伸びをしてピックアップトラックの荷台から下りた。ヘルメットを取って頭に被る。
「さて。それじゃあポカラへ戻るか。ゴパル君、試食会をするから腹をすかせておきなさい。アバヤ先生も来る予定よ」
了解するゴパルだ。
「鳩料理が出るのですよね。楽しみです」
サビーナが明るく微笑む。
「他にも色々つくるけどね。これからカルちゃんと養鶏企業へ行くんでしょ。鳩タワーを見る時は、糞がボロボロ落ちてくるから注意しなさい。それじゃあ、また後でね」
そう言って、バイクに乗って颯爽と走り去っていった。ゴパルが小首をかしげる。
「鳩のタワーですか?」
カルパナが素直にうなずいて答えてくれた。
「はい。鳩を飼育している小屋の名前です。塔のような見た目なんですよ」
へえ……と聞き入るゴパルである。レカが大あくびして荷台に寝転がった。
「わたしはここで寝てるー。あそこは、鳥臭いから行かないぞー。絶対に行かないからなー」
予想した通りの反応なので、特に何も言わないゴパルとカルパナであった。カルパナがスマホで時刻を確認する。
「そろそろバルシヤ養鶏へ向かいましょうか。鳩タワーを見せてもらうように頼んでいます」
特に関心はないのだが、感謝するゴパルだ。
「すいません。鳩料理を食べるので一度見たほうが良いですよね」
そのままジプシーに乗り込む。ゴパルが助手席に座って、そっとカルパナに聞いてみた。
「あの……今回は本当に遊びに来ただけでしたね。収穫作業を手伝った方が良かったのでは?」
困ったような笑顔を浮かべるカルパナだ。車を起動させて静かに坂道を下りていく。
「たまには良いと思いますよ。それに、今回は程よく熟した実だけを選んで収穫しています。私達では見分けるのが難しいんですよ」




