シスワへ寄り道
パメの次はルネサンスホテルへ立ち寄り、スマホ用のバッテリーを充電済みのモノと交換した。ほっと一息つくゴパルである。
「本当にギリギリでした……今後気をつけます」
カルパナが穏やかに微笑んでうなずく。
「途中でバッテリー切れにならなくて良かったです。では、安心してオリーブ園へ向かいましょうか」
オリーブ園だが、河岸段丘を越えた先のバグマラ地区にあり、リテパニ酪農が所有している。北斜面なので日当たりが悪いのだが、収穫が始まったとカルパナがゴパルに教えてくれた。ちなみに今はジプシーで移動している。
しかし、途中にあるネパール軍駐屯地の前でいつもの軍の偉い人に止められてしまった。否応なく茶店でチヤ休憩になる。
ジト目になっているカルパナだ。しかし、特に気にもせずに軍の偉い人がゴパルの肩をポンポン叩いた。
「良い天候になったな。カリカ地区の盗賊団も、ヤマ氏のバイクを売り払った金で美味い飯を食ったそうだぞ。新車のバイクだったそうだな」
盗賊団の広報担当のような話しぶりをするので、苦笑して聞くゴパルだ。
「ヤマさんは災難続きですよね。盗賊団もこれでしばらくの間、おとなしくなってくれると良いのですが」
それには否定的に首を振る軍の偉い人だった。
「ティハール大祭にチャッテ祭も控えておるからな。もう一儲けするとワシは考えておるよ。ゴパル先生とカルパナちゃんも行動には気をつける事だ」
カルパナがジト目のままでチヤを飲み干した。
「そろそろ出発しましょうか、ゴパル先生」
慌ててチヤを一気飲みするゴパルである。それを見ながら、愉快そうに笑う軍の偉い人だ。
「ははは。カルパナちゃんは怒ると厄介だからな。気をつけろよゴパル先生」
オリーブ園に行く前にシスワ地区に立ち寄った。カルパナがハンドルをトントン叩きながらゴパルに話しかける。
「イチジク園でKLを使っているんですよ。ちょっと寄り道していきませんか」
素直に了解するゴパルだ。シスワ地区は水田地帯でもあるのでドライブするには見晴らしがよい。道路も真っすぐだ。この時期は稲の収穫もかなり済んでいるので、空き地となった田には水牛や牛、それに山羊の群れが寛いでいる姿が見える。
イチジク園に到着すると、農民達がカルパナに合掌して挨拶をしてきた。カルパナとゴパルも合掌して挨拶を返し、農民たちに案内されて園内に入る。
農民達の説明によると、今回はイチジクの木一本当たり廃油を混ぜた土ボカシを百五十グラム、草木灰を五十グラム与えているという事だった。土ボカシなので根焼けを起こす心配がないのは良いですね、とニコニコしている農民達だ。
ゴパルがスマホで作業を撮影して話をメモしながら土を手に取る。
「かなり有機物の量が増えてきているようですね。ポカラには野生や飼料用のイチジクが生えているので栽培適地です。よく育つと思いますよ」
カルパナはもう少し踏み込んだ話を農民達としている。シスワ地区は水田地帯なので雨期の間は地下水位が高くなる。過湿になるとイチジクの木に負担がかかるので、園の周囲に暗渠を巡らせてはどうかというような内容だった。園内の水はけを良くするための工夫である。
実際にゴパルが見回してみると、イチジク園の周囲は一面の水田だ。
稲作を政府が奨励している事もあるのだが、インド産の米が不味くて不人気という側面もある。国産の米に人気が集中している状況だ。さらに農家で飼育している牛や山羊の餌としても、稲ワラは重要だったりする。
元々この場所は周囲よりも少し高く盛り上がっていて、水田には少々不適な状態だったようだ。そのため、ベグナス湖からの農業用水路が届いていないので、基本的には雨水をためて水田にしている。
そういう田では、雨が少ない年では十分な水深に至らずに田植えをする事になり、結果として稲の生長が思わしくなくなる。
雨水に頼る稲作はネパール全土で普通に行われているのだが、収穫が不安定な稲作よりも確実性が高いイチジク栽培に切り替えたという経緯だった。
ゴパルが改めて周囲を見回すと、ちょっと盛り上がっている場所がパパイヤ園やグアバ園といった果樹園になっているのが分かった。
「なるほど……水はけの良し悪しで作つけを分けているんですね。そういえば、バクタプールの農家もそんな事をしていたっけ」
長時間留まると農民達が会食の準備を始めそうな勢いになってきたので、早々に撮影を切り上げるゴパルとカルパナだ。
作業を中断してしまった事を謝って、収穫を期待していると微笑むカルパナに、農民達が照れている。ちなみに、ゴパルについては半分放置状態である。まだ牛糞先生のイメージが抜けていないのだろう。
(まあ、別にそれで構わないけどね……)
牛糞まみれになったのは自業自得だったので弁解のしようがない。
カルパナがこれからバグマラ地区へ行くというので、数名の農家の人がジプシーに乗り込んだ。車の後ろのバンパーに足をかけてしがみつく人も居る。さらに車の屋根にも登ろうとする人が出たが、さすがにカルパナが遠慮させた。
「落ちるとケガをしますよ。それでは出発しましょうか」
ゴパルは助手席に座ったのだが、膝の上に二人のオッサンが座っている状態だ。当然ながら前が見えない。
ジプシーは土道を軽々と走り抜けていき、河岸段丘にかかる細い橋を渡っていく。川には漁民が数名ほど漁をしていて、農家達に手を振って軽口を叩きあった。
その様子をオッサンの背中の隙間から見るゴパルである。
(すっかり漁場になってるなあ……恐るべしリテパニ酪農の排水)
橋を渡り終えて少し坂を上るとバグマラ地区だ。病院や寺院に学校まであるので買い物にも便利なのだろう、カルパナに合掌して礼を述べて、次々と農民達が下車していった。
膝の上にオッサン二人分の体重がのしかかっていたゴパルが、それから解放されてほっと一息ついている。カルパナがハンドルをオリーブ園の方向へ切った。
「乗り合いバスがまだ少ないそうなんですよ。すいませんでした、ゴパル先生。重かったですよね」
ゴパルが頭をかいて微妙に首を振った。
「いえいえ。買い物は大きな楽しみの一つですからね。イチジクがたくさん実って生活が楽になると、私も嬉しいですよ」
車はオリーブ園に向かったのだが、途中でサキシマフヨウの林の前を通り過ぎた。やはり誰も居ない。ひっそりと白い花を咲かせているのを見て、何となく好感を抱くゴパルである。
オリーブ園に到着して車を降りると、実の収穫作業が始まっていた。園の手前にはサビーナのバイクとリテパニ酪農のピックアップトラックが停まっている。
そのピックアップトラックの荷台でチヤ休憩をしていたサビーナとレカが、手を振って出迎えてくれた。
「チヤあるわよ。飲んでいきなさいな、カルちゃん、ゴパル君」
「いらっしゃーい。オリーブの実が良い出来だよー」




