ミカン畑
カルパナがまず最初に接ぎ木苗の苗畑に案内して、それからその苗を定植した畑へゴパルを連れていった。
一年生と二年生の苗木が植えられている畑は、やはりどうみても枝ぶりがホウキのように見えてしまうゴパルだ。カルパナもクスクス笑いながらその意見に同意している。
「そうですよね。枝を束ねていますし、その枝も側枝がなくて真っすぐですよね。でも、三年生の木は違いますよ」
そう言って案内してくれた三年生のミカン畑は、ホウキ状態ではなくてエックス型の枝張りに誘導されていた。
その畑に入ったカルパナが、木に実っているミカンを指差した。
「ミカンの花は一年生の時から咲くんですけれどね。枝の生長を最優先にしていますので、全ての花芽を摘み取っています。この三年生の木も、本当はミカンを実らせない計画なのですが……」
いくつか実っているミカンを選びながら話を続ける。
「ゴビンダ先生の気が変わりまして、試験的に少しだけ実らせる事になったんですよ。これがそのミカンです」
首都の育種学研究室にミカンを送って成分分析や病害検査、それに遺伝子の発現状況を確認するらしい。病害検査と聞いて、ゴパルが納得した。
「あ……微生物学研究室もそれに関わっています。クシュ教授の提案だと思いますよ」
手鎌を使ってカルパナがミカンを一つもいでゴパルに差し出し、ニッコリと微笑んだ。
「バッタライ本家とタパ本家に残りの実を送るのですが……これはゴパル先生の分です。内緒ですよ」
恐縮して受け取るゴパルだ。しかし、少し考えてからミカンを手で二つに割った。右手にある片方をカルパナに返す。
「私が食べると美味しいとしか言えませんので、半分こにしましょう。ゴパル山羊には半個で十分です」
半分のミカンを受け取ったカルパナが、困ったような嬉しいような表情で微笑んだ。
「ゴパル先生の味覚は十分に優れていると思いますよ。でなければ、サビちゃんがゴパル先生を試食会に呼んだりしません」
そう言われてみれば、そうなのかな? と小首をかしげて考え込むゴパルである。クスリと笑ったカルパナがそっと急かした。
「ケシャブさん達に食べている所を見られないうちに試食しましょうか」
「あっ。そうですね。では失礼して試食してみます」
ゴパルがミカンの皮をむいて、口に放り込んだ。ネパールのミカンは種があるので、それらを口から吹き出す。垂れ目をキラキラさせるゴパルだ。
「美味しいですねっ。ミカンの味がしっかりしますよ。そういえば、ミカンってこんな味でしたよね」
カルパナもミカンの房を口に入れて、穏やかに微笑んだ。
「サビちゃんに言わせると、昔のミカンの味ではないそうですけれどね。ですが、私はこれでも十分です」
カルパナの口ぶりからすると、サビーナも試食済みのようである。
このミカンの木は、遺伝子組み換えやゲノム編集等を施している。そのため、昔のミカンと遺伝子的に違いが生じるのは当然だ。それでも夢中になってミカンを食べきってしまったゴパルであった。
「私も十分に美味しく感じました。ミカン復活事業の成功ですね。おめでとうございます」
カルパナもミカンを食べ終えて照れた。
「予定では、この試食は来年の四年生の木で行うはずだったんですよ。一年早まったのは、KLと光合成細菌、それに土ボカシのおかげです。感謝を言うべきなのは私の方ですよ」
カルパナから改めて礼をされて、レカのような挙動不審な動きになるゴパルであった。頭をかいて両目を閉じる。
「人から礼を言ってもらうのに、全く慣れていないんですよ。採集旅行ではよく通報されて警察の世話になっていますし。ははは……」
カルパナが素直にうなずいて笑う。
「だと思います。去年の今頃まででしたら、ゴパル先生が一人でパメの段々畑を撮影するとケシャブさん達に取り囲まれたでしょうね。さて、そのケシャブさん達に見つからないように畑から出ましょうか」
試食の証拠を隠滅するために、ミカン畑の隅に穴を掘ってミカンの皮を埋めるゴパルとカルパナであった。




