隠者の庵
カルパナがお弁当を庵に届けに行くと、苦行者が隠者にグチをこぼして絡んでいた。確かこの苦行者は隠者さまを苦手にしていなかったっけ? と小首をかしげる。
とりあえず合掌して挨拶を交わし、お弁当を隠者と修験者に渡した。じっと睨んでいる苦行者に、申し訳なさそうに告げる。
「苦行者さまが居るとは思っていませんでした。パメの巡礼宿にお越しください。そこで何か作ってもらいましょう」
隠者が琥珀色の鋭い瞳でニコニコしながら、弁当箱をポンポン叩いた。
「ワシのを半分分けてやるよ。コヤツは徹夜明けでな、パメにたどり着く前に道端で眠ってしまいかねん」
苦行者がドヤ顔になった。しかし、よく見ると目の下にクマができているようだ。
「左様。マレパタン地区で悪霊憑きが出てな。それを払うために牛の角笛を一晩中吹いておったのだ。無事に払えたから、心配は無用だぞ」
隠者が横で聞きながら苦笑している。
「頑張り過ぎて、マレパタン地区の住民から安眠妨害だと怒られてしまってな。ここでワシがグチを聞いておったのだよ」
カルパナがポンと両手を合わせた。
「……ああ、そう言えば。ナビンの奥様のブミカさんが話していました。そういう事が起きていたんですね。悪霊払いのお仕事って大変だと聞きます。お疲れさまでした」
それを聞いて満足した表情になった苦行者だ。弁当の半分を残しておけよと、隠者に念を押してから、庵の奥にある寝床に向かった。
「さて、ワシはひと眠りする。カルパナよ、タパ家の無礼者どもにキッチリ言い含めておけよ。次に悪霊憑きが出ても払ってやらんぞ、とな」
苦行者がのそのそと奥へ歩いていくのを見送ったカルパナに、隠者が軽く肩をすくめながら話しかけた。
「タパ家の連中も、牛の角笛を一晩中吹かれたら怒るだろうさ。かなり大きな音がするからな、アレ」
苦笑しながらカルパナも同意する。
「……ですよね」
隠者がコホンと小さく咳払いをして、話を続けた。
「だが、苦行者を怒らせるのは下策だ。ことわざでも言うだろ『カードの内容が悪くても顔に出すな』とな」
そう言ってから、相手に謝罪する時に気をつける事をいくつか指摘した。
明確な謝罪の言葉を使う事、失敗を認める事、具体的な対処方法を述べる事、現状を丁寧に説明する事、第三者に責任を押しつけたり被害者に逆切れして非難しない事、被害者の心情を推し測る事……
「まあ、つけあがって金をふんだくろうとする奴らも居るけれどな。華僑、インド商人、中東商人がよく使う手だから、カルパナも知っておるだろう」
困った表情ながらも、それでも肯定的に首を振るカルパナだ。
「巡礼者にもそのような方が居ますよ。ブミカさんが叩き出しています。あ……そろそろゴパル先生がABCから下りてくる頃ですね。出迎えに行ってきます」
両目を閉じて、穏やかに微笑む隠者だ。
「ラムラムラム……そろそろ告白してくっついてはどうかね? カルパナの両親や親戚も概ね賛成なのだろう?」
ジト目になりながらも照れているカルパナである。
「もう、隠者さまったら。私のような行き遅れと結婚しても、良い事なんかありませんよ」
今度は隠者が困ったような表情になって、否定的に首を振った。
「やれやれ……まあ、あの牛糞山羊先生も、このままでは独身で生涯を終えそうなんだがね。人助けと思ってチョチョイと結婚してやれ」
ネパールを含むインド圏では、チョチョイと結婚する文化風習はない。無視してコホンと咳払いをするカルパナだ。
「では、私はこれで。お弁当箱はブミカさんがお昼過ぎに回収に来ますから、それまでに食べておいてくださいね」




