ズッキーニ花のフライで雑談
ジョムソンでは気温が低いので、ズッキーニの栽培は難しい。今回はポカラから陸送で持ってきている。雄しべが切り取られた雄花と、小さな実がついている雌花の二種類を使うようだ。
ゴパルが花を指差してカルパナに話しかけた。
「ジョムソンまで運んでも大丈夫そうですね。良かった」
カルパナも白ワインをチビチビ飲みながら、ほっとした表情になっている。
「花ですから劣化が早いんですよ。心配でしたが何とか大丈夫でしたね」
レカは花ではなくて、包む具材に関心が向いている様子だった。白っぽいチーズを手にして呻いている。
「ヤクのチーズかー……ジョムソンならでは、だよねー」
ポカラは亜熱帯なのでヤクは飼育できない。
ちなみにチベット文化圏ではヤクのチーズがある。色々な作り方があるのだが、ジョムソンやツクチェでは厚い札型に固めて、かまどの煙に当てながら硬質チーズにするのが一般的だ。ツルピという名称のチーズになる。
なお非常に固いので、口に入れても一時間はモゴモゴ噛み続けないといけない。味も非常に薄味である。
今回使うのはツルピではなくて、西欧風の作り方をしたチーズだった。ゴパルが早速小片を試食して納得している。
「あー……うちの研究室で開発した菌を使っているんですね。後で低温蔵へ持ち帰って、長期保存できるかどうか調べてみますよ」
他の具材は輸入モノのアンチョビだった。サビーナが否定的に首を振っている。
「できればジョムソン産の淡水エビや魚の稚魚を使いたいんだけどね。今回は時間がなかった」
そう言えばツクチェのニジマス養殖農家が、雨期の土砂崩れで通行困難になっていたっけ……と思い出すゴパルだ。他の養殖場でも似たような状況に陥ったのだろう。
北ヒマラヤ地域は元々少雨なのだが、温暖化の影響なのか時々大雨が降る。すると、こうして土砂崩れが起きて道路が寸断されてしまう事態になりやすい。
さて、作り方なのだが以下のようになる。
花の中にチーズとアンチョビを入れて、花をねじって閉じる。これに汎用小麦粉をまぶして油で揚げる。カラッと揚がれば完成だ。
これだけでは当然足りないので、ジョムソンのレストランから持ち寄った料理が次々に出されてきた。
さすがチベット文化圏なので牛肉料理もある。調理方法は中華料理ぽい感じだが、赤ワインに合うように工夫されている。
サビーナとカルパナはやはり牛肉料理には手をつけずに、鶏肉や羊肉料理を選んでいた。レカはヤクチーズを使った料理を集中的に食べている。二人の協会長は牛肉料理を皿に乗せていた。
そんな様子を見ながら、ゴパルがサビーナに礼を述べた。
「バクタプール酒造の赤白ワインだけじゃなくて新作の発泡ワインまで取り寄せたんですね。ここで紹介してくれて、ありがとうございます。カマル社長も喜ぶと思いますよ」
サビーナがその発泡ワインを口にしながら、微妙な表情で首を振った。
「その割には、あまり美味しくないのよね。泡が大きくて風味も鋭角的、でもって肝心の泡がすぐに切れて出てこなくなるし。うちのギリラズ給仕長なんか、瓶ごとに風味が違うって怒ってたわよ」
頭をかいて両目を閉じるゴパルだ。
「そうですよね……成果が上がらなくてすいません。菌の選定を見直してみます」
サビーナの隣にはカルパナが居るのだが、彼女はご機嫌な様子だ。
「チソっぽくて、私は好きですよ」
炭酸飲料と同列レベルに扱われているのだが、素直に受け止めるゴパルであった。
「ガンバリマス」
レストラン内は懇親会の雰囲気になってきていた。シェフ達の情報交換の機会は意外に少ないので、サビーナがシェフ達に囲まれて質問攻めを受けている。
クシュ教授達もようやく到着した。サマリ協会長が取り置きしていた料理を出すように給仕に頼んでいる。ゴパルがクシュ教授に挨拶すると、ニコニコの笑顔を向けてきた。嫌な予感が背筋を走っていく。
「色々と進展したよ、ゴパル助手。まずは緑藻の培養から始める事になりそうだね」
予感が当たりつつあるのを実感して、背中を丸めるゴパルだ。
「……そうですか、教授。ですが、低温蔵の仕事もどんどん増えてきていますよ。人員を増やしてもらわないと、対応ができなくなると思います。ツクチェやマナンもテレビ電話に頼っていますし」
ニンマリと笑うクシュ教授だ。
「任せておきなさい。根回しは半分くらい済んでいるから」
そう言って、お腹が空いたと食事を始めた。しっかりバクタプール酒造の発泡ワインに文句をつけているが。
その文句を聞き流していると、サマリ協会長が一息ついてやってきた。
「ゴパル先生、今日はありがとうございました。ツクチェのリンゴ収穫が良くなりそうで楽しみですよ」
恐縮するゴパルだ。
「私はリンゴ栽培に詳しくありません。素人です。ビカスさんの頑張りのおかげですよ」
苦笑しているサマリ協会長である。
「本当に、商売っ気がありませんよね。クシュ先生達もそうですし、タカリ族として心配になりますよ」
「カルパナさんからもよく言われています……浮世離れしているのって良くありませんよね」
そこへカルパナがやって来た。会話を聞いていたようで、サマリ協会長と同じように困ったような笑顔を浮かべている。
「隠者さまほどではありませんから、大丈夫ですよ。この時期のジョムソンは涼しくて過ごしやすいですね。一泊したい気持ちで一杯なんですが……パメも忙しくなりまして」
サマリ協会長が穏やかに微笑んだ。
「実は雨期の間がベストシーズンなんですよ。川魚が美味しい季節なんです」
そうなんだ、と聞き入っているカルパナとゴパルに話し続ける。
「今晩ですが、ジョムソンの北の河原でキャンプツアーを行っています。繰り返し参加する人も多くて好評ですよ。次にジョムソンへ来た際には参加してみるのも一興かと思います」
カルパナが目をキラキラさせて同意した。
「夜空がキレイなんですよね。農作業が落ち着いたら参加します」
ゴパルもうなずいた。
「ABCも夜空はキレイなんですが、気温が低くて寒いんですよね……私も機会があれば再び参加してみたいですね」
実際、皆忙しいのでチャーターしたミニバスで夕方にポカラへ向けて出発する事になった。
飛行機で飛べば三十分でポカラへ着くのだが、あいにく観光シーズン真っ最中なので空席がない。チャーター便も手配できなくて謝るサマリ協会長だ。
「ヘリなら都合がつくのですが、定員が四名なんですよ。しかもこれドクターヘリですので、好き勝手に使うわけにもいきません。陸路になってしまい、申し訳ありません」
ジョムソンやその周辺集落で急患が出た場合、このドクターヘリを出動させてポカラや首都の病院へ搬送している。
スルヤ教授が少しドヤ顔になった。
「ドローン輸送の実証試験が始まるし、そのうち改善されるだろう。今でも準天頂衛星を使えば、首都の医者に指示を仰ぎながらジョムソンの医者が外科手術する事も可能だしな。不便な町ではなくなるはずだよ」
ゴビンダ教授も楽観的な表情だ。
「うむ。ポカラのパメでやった小麦栽培が成功したから、ジョムソンでも行う事になったしな。穀倉地帯に変わるだろう。肝心の小麦種子の量産が追いついておらぬから、少し時間がかかりそうだけどね」
ラビ助手ががっかりした表情で補足説明をしてくれた。
「ジョムソンの北に、小麦の種子生産圃場を設ける事になりました……当面は首都とジョムソンを飛行機で行き来する予定です」
同情するゴパルだ。そっとラビ助手の肩に手をかける。
「時々ポカラへ来ると良いですよ。レイクサイドでピザでも食べて疲れを癒してください」




