ツクチェ酒造
ツクチェ酒造では、ビカスが言った通りマハビル社長が各種の酒を用意して待ち受けていた。
「ゴパル先生。味見をしていってください。クシュ先生から送ってもらった酵母や乳酸菌を使った試作ですよ」
そう言われてしまうと、飲まないわけにはいかなくなる。頭をかいて両目を閉じたゴパルであったが、すぐに気持ちを切り替えたようだ。ニコニコの笑顔になる。
「そうですね。試飲しないといけませんよね」
ゴパルとマハビル社長がカルパナに視線を向けると、彼女が穏やかに微笑んだ。
「仕事ですから仕方ありませんよね。ですが、飲み過ぎには注意してください。私も少量でしたら味見に付きあいますよ」
ほっとするゴパルとマハビル社長であった。腕時計で時刻を見てから、色あせたジーンズの腰をポンと叩く。
「それでは、最初に酒ではないジュースから始めましょうか」
マハビル社長がカルパナとゴパルに、リンゴジュースが注がれているコップを手渡した。
「ジュースにすると子供でも飲めますからね。甘さ控えめにしてありますが、どうでしょうか」
マハビル社長に聞かれたカルパナが一口飲んで、穏やかに微笑んだ。
「酸味と甘味が良いバランスだと思います。ちょっと渋味もあってリンゴって感じがしますよ」
ゴパルもニコニコ笑顔で飲んでいる。
「美味しいですね。大人でも気に入ると思います」
マハビル社長が小太り体型の胸をなでおろした。彼なりに緊張していたようだ。
「苦労したかいがありました。このジュースは商品にならないリンゴを使っているんですよ」
摘果した青い未熟リンゴをどうにかして使いたいという事で試作したと話してくれた。未熟なリンゴは苦くて酸っぱく、生で食べるには不向きだ。しかし、その分だけポリフェノールが多く含まれている。ツクチェ産のこのリンゴ品種では、熟したリンゴよりも五倍ほどもあるらしい。
マハビル社長がやや癖のある短髪をかいて話を続けた。
「もったいないと以前から思っていまして……KLが使われ始めたので、この機会に試作してみたんですよ」
当然ながら未熟リンゴだけでは不味い。そのため熟した普通のリンゴジュースに対して、四分の一の未熟リンゴジュースを混ぜているそうだ。
マハビル社長がゴパルとカルパナの感想をメモして、次にシードルの瓶を開けた。ポンと軽快な音がして、リンゴの香りがする。
グラスに注いで見ると、きれいで透明な金色で炭酸の泡が立っている。それをカルパナとゴパルに渡したマハビル社長が、少し申し訳なさそうな表情になった。
「発泡ワインのように、細かい泡にはできませんでした。見た目はチソですね」
ゴパルが気楽な表情で励ます。
「バクタプール酒造でも四苦八苦していますし、気長に開発していけば良いと思いますよ」
そうしてシードルを飲んで、満足そうな表情になった。
「十分に美味しいです。リンゴの風味もしっかり残っていますよ」
カルパナも飲んで、肯定的に首を振った。
「私達ってチソ好きですから、このくらいの炭酸で良いと思います」
ゴパルが忘れないうちにとシードルを一箱注文した。送り先は低温蔵である。
「ABCは気圧が低いので炭酸が一気に噴き出してしまうんですが……シードルを楽しみにしている博士課程の子が居まして」
名前は出さずに配慮するゴパルである……が、既に誰なのか知っている様子のマハビル社長とカルパナであった。
カルパナはジュースを注文したので、マハビル社長が事務員を呼んで受けつけた。
「お買い上げありがとうございます。他にも色々とありますよ」
そう言って、リンゴのブランデーやリキュール、リンゴ酢にアイスクリーム等を持ってきた。さすがに困った表情になるゴパルだ。
「今ここでブランデーやリキュールを飲んだら、酔っぱらってしまってクシュ教授に怒られてしまいます。ああでも、それぞれ一本ずつ買いますね。一緒に低温蔵へ届けてくださいな」
カルパナの視線をひしひしと感じるので、努めて理性的に言い訳をした。
「シードルとブランデー、それにリキュールには、クシュ教授が提供した酵母や乳酸菌が使われているんですよ。試飲して評価しないといけません」
カルパナが穏やかに微笑んで肯定的に首を振った。こういう言い訳を予想していた感じである。
「登山客に飲んでもらうのも良いかも知れませんね。海外への宣伝になるかも」
標高の高い場所では味覚も変化するものなので、試飲するのであればポカラや首都で行うべきなのだが……これ以上は指摘しないカルパナだ。
ギリラズ給仕長はソムリエの資格を持っているので、試飲を頼むには適任なのだが……これもまた指摘しなかった。
その代わりにマハビル社長に目配せしている。社長も心得ている様子で、気楽な表情で肯定的に首を振った。もう既にギリラズ給仕長に試飲を頼んでいるのだろう。
最後にアイスクリームを試食して終了する事にしたマハビル社長だ。
「試飲しに来てくださって、ありがとうございました。食べ終えたら、私が車でジョムソンまで送りますね」




